枯れ葉

2023年、フィンランドアキ・カウリスマキ監督

工場労働者の男は酒がやめられなかった。スーパーで働く女は管理職に難癖をつけられて職を解雇されてしまった。そんな二人はカラオケ・バーで出会う。女は職を探し、男は飲酒が原因でこちらも仕事を解雇されてしまう。そんな二人が出会ったりすれ違ったりする。

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年末に幾つかビデオで観たカウリスマキの映画の中で一番新しいものは『街のあかり』で2007年の作品だった。6,7年前。それでもノスタルジックで古い昔の映画を観ているような感じがあった。
本作『枯れ葉』は紛うことなく現代の映画で、登場人物がラジオのスイッチを入れる場面が幾つかあって、そこで流れてくるのはロシアとウクライナの戦争のニュース。
そんな今を感じさせる場面もあるけれど、やはりクラシックな映画を観ているような緩さで、物語の語り口はゆっくりしている。そんなテンポ感が気持ち良い。それでも映像は意外とシャープで現代の映画だと感じさせるがロケーションや部屋の調度品などがノスタルジックな感じを引き起こす。こういう街の景色や建物がフィンランドでの普通なのだろうか。それともちょっと古臭い場所を探し出してきて映画の場面に使っているのだろうか。
終盤で女は野良犬を引き取ることにする。この犬の情けない感じ、それでいて賢そう、でも貧乏そうな、なんとも言えない表情が可笑しい。カウリスマキの他の映画でも犬が出てきていたが、なんとも言えない貧相で、それでいて可愛い犬を登場させる技は天下一品だと思う。
紆余曲折はあって悲しい結末に至りそうな予兆がありつつも結末はハッピーエンドなのもよろしい。観終わった後に本当にほっとしてしみじみと良い映画だったなと思った。

烏丸の京都シネマで鑑賞した。その後、下鴨神社に初詣に行って来た。境内では「蹴鞠はじめ」というものが開かれていて、おみくじは「平」。可もなく不可もなく。

 

浮き雲

1996年、フィンランドアキ・カウリスマキ監督

路面電車の運転士の男は不景気のあおりでリストラにあってしまう。男の妻はレストランで給士長をしていたがレストランの経営者が変わってしまい、こちらも職を失ってしまう。二人はあたらしい職を探すのだが……

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日本映画なら人情喜劇とでもいうような作品だが、日本映画と違って湿っぽさはない。妻が新しく働き始めた安食堂は税務調査が入り店を開けられなくなる。夫は経営者に妻が働いた分の給料を貰いに行くが殴られて散々な目に会う。結構悲惨な出来事だけれど、乾いたタッチで描かれるのでお涙頂戴にならないところが素晴らしい。結末も離れ離れになった仲間が再び集まって再起するというお話で鑑賞後の気分もあざやかなものだった。

本作は『過去のない男』、『街のあかり』と連なるフィンランド三部作の一作目。どれも明るい話ではなかったりするけれど、テンポが心地良くてずっと良い気持ちで観ていられる。まだ三本しか観てないけれどカウリスマキ映画は良い。

極私的2023年ベスト

晦日なので今年の総括を。

■映画

『別れる決心』

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韓国映画。大好きなパク・チャヌクの新作が今年のベスト。
観終わって深い余韻が続く映画だった。映像に深味と貫禄があって、物語には現代性もあって今の時代を描いている。そして普遍的なテーマも。今はもうアマプラで観られるんちゃうかな。

映画には貫禄ってものがあると思う。どの映画も2時間前後の映像と物語で観客を楽しませたり考えさせたりする。そのフォーマットは変わらないけれど低級なもの、高尚なもの、色んな映画がある。そうかといって娯楽映画は低級で芸術映画は高等だというわけでもない。深刻で高尚なテーマを題材にした映画だけが高級な映画というわけでもない。予算の問題もある。低予算の映画はやはりそれなりだし、巨額の予算で作られたハリウッド映画のようなものは見栄えがする、そういうことはある。しかし何か貫禄のようなものを見せつけられる映画というものがあるのだ。映画でなくとも見知らぬ人と会った時にその人の地位も職位も知らなくても何かしらの圧力を感じるようなことはあって、同じように映画にも見ている間、見終わってから格の違いを感じたりする映画はある。パク・チャヌクはすでに名監督の名声を得ている監督だという先入観もあるだろうが、彼の作品には貫禄を感じる。

次点

孤狼の血 LEVEL2』

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ビデオで鑑賞。日本映画、そしてヤクザ映画の底力を感じた映画だった。とにかく悪役ヤクザを演じている鈴木亮平が怖い。怖すぎて素敵。日本映画をちゃんとチェックしていないことを大いに恥じた傑作で、劇場で観なかったことを後悔した作品だった。

この映画が上映される前後は予告編を見なかったのだろうかと思う。月に1、2度は映画館に足を運ぶくらいには映画好きだから劇場で予告編を見ているのではないだろうかと思うのだけれど、予告編を見ても何も感じなかったのだろうか。なぜこんな傑作を劇場で観たいと思わなかったのか、自分のアンテナに引っかからなかったのかと思う。見逃した傑作というものは他にもあるのだろうなあ。

今年は他にも、鉄塔の上に取り残される高所恐怖症映画『FALL』、スピルバーグの『フェイブルマンズ』、右翼民族派鈴木邦男を描いた『愛国者に気をつけろ!』、アニメーション映画『THE FIRST SLAM DUNK』、ケイト・ブランシェットが怖い『TAR』、寂しい男の映画『カード・カウンター』、SF映画『ザ・クリエイター』、日本映画『市子』、などなど良い映画を沢山観ることができた。夏頃にはビデオ鑑賞だけれどホラー映画も沢山観られた。思い返すと結構充実していたのかも知れん。しかしノーランの『オッペンハイマー』はいつ上映するんや?

 

■読書

『人民の敵 外山恒一の半生』

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九州のファシスト外山恒一の半生を描いた本。面白くて少し悲しくて、でも面白い。右翼とか左翼とか、どの政治思想からも剥離していてまったく独自の考えの人だと思う。でも外山恒一こそアナキストなのではないかとも思う。
それと、この本は自伝でなく評伝だったから良かったのでしょうね。本人も恥ずかしいと思っていることも書かれているし、外部の視点から外山恒一という人物像を描き出しているから良いのだと思う。外山恒一という人物に少しでも関心がある人は読むべき本だと思う。

次点

アナキズム入門』

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著者は森元斎、ちくま新書
アナキズムに少しずつ感心を持ち始めるようになって読んだ本。面白かった。そしてアナキズムというものが破壊的で破滅的な思想ではないということも分かった。よく分かってないのに漠然としたイメージで偏見を抱いていた。とはいえ新書一冊でアナキズムが分かった気になってもいけないと思うから色んな本を読んでみなければならないだろう。そう思うようになった1冊。

読書では信田さよ子の『家族と国家は共謀する』、徳本栄一郎の『田中清玄』も特に良かった。新書ではあるが『リベラルとは何か』、『保守主義とは何か』、『民主主義とは何か』といった本を続けて読んだのも良かったと思う。

 

■音楽

クズだらけの天使達

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コロナが明けたかどうかという頃に見に行ったライブ。当日会場では、一応マスクはしておいてください、みたいなお達しはあったような気がするが忘却の彼方。
四日市のガレージパンクバンド、ガソリンを目当てに見に行った。コロナの間はライブを見に行けなかったので久しぶりのライブ、とても楽しかった思い出。

他にも京都のパララックス・レコード主催のライブなど幾つかを見に行くことができてライブについては良い年だったかも知れない。
ただ流行の音楽を聞くことは殆んどなくなった。レコード屋に最新の音楽を探しに出かけることも少なくなった。経済的に困窮しているからというのが主たる理由だが、サブスクで聞けてしまうというのがとても大きい。CDは殆んど買ってないんじゃないかな。サブスクにしても流行と関係ない音楽ばかり聴いている。

よく聴いたのはこの曲。

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貧乏でどうしようもない。しかし時間は沢山ある。しかしお金はない。といいつつ映画だけは観に行きたい。なので今年は良い作品を沢山観られた。読書する時間もあるから本を読む時間も確保できて色んな本が読めた。ある意味幸せだと思うが、ただやはり貧乏の辛さというのは重くのしかかっている。

過去のない男

2003年、フィンランド/ドイツ/フランス、アキ・カウリスマキ監督

列車に乗って都会へ向かっていた男は、駅を降りて公園のベンチで居眠りをしてしまう。すると暴漢に襲われてしまい、病院へ担ぎ込まれるが一切の記憶をなくしてしまっていた。男は、その病院から抜け出して浮浪生活に入ってしまう。

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20年前の映画だから古い映画だといえばそうなのだけれど、もっと昔の映画を観ているような気がする。台詞はぶっきらぼうで場面展開はゆるい。身元不明の浮浪者になった男が色んな人に助けられて、やがてその正体が判明するというお話もゆっくり進む。昨今の、次から次に場面が展開していく性急な映画と比べるべくもない。

昔の山田洋次の映画のような趣があって善人しかでてこない。唯一の悪漢も最後には制裁を受ける。しかし物語の展開や結末はどうでも良くて、映画を観ている間は、映像の息と間で笑ったりほっこりしたりしている間の時間が楽しい。物悲しくもあって独特のテンポがあり、その空気に酔っていればいい。先日観た『街のあかり』同様に楽しい作品だった。

街のあかり

2007年、フィンランド/ドイツ/フランス、アキ・カウリスマキ監督

ショッピングセンターの警備員だった男はカフェで女と知り合うことになるが、女は強盗団の手先で彼女に騙されてしまう。男は強盗団の手引をしたと疑われて服役し、その後に出所してなんとか働き始めるが……

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年末にアキ・カウリスマキの新作が公開になるみたい。ちょっと観たい。カウリスマキの映画は幾つか観ている気がするがフィルモグラフィーを眺めてみてもどれを観たのか一向に思い出せない。一本も観ていないのかも知れない。

非モテで何事も不器用な男が女に騙されて堕ちてしまうというお話だけれど、ストーリーはそれほど重要ではなく、それよりも映画の奏でるリズムを楽しむ映画だと思う。ビート感というかグルーブ感というか、映画を見ている間そのようなものに浸っていられる心地が気持ち良い。
リアルな描写だとかそういうものもない。寧ろ芝居臭くて型を演じているようで滑稽なところが面白い。幾つかの場面では悲惨な場面なのに笑ってしまう。音楽もノスタルジックで昔の映画を観ているような気持ちになる。

結末に驚きがあるような映画ではなく、途中がずっと楽しい映画で、ダメ人間を描いたいましろたかし漫画のような趣きもある。

カウリスマキの映画はアマプラに幾つもあるようなので続けて観てみよう。