別れる決心

2023年、韓国、パク・チャヌク監督作

ライミング中に転落して男が死んだ。警察は彼の妻に事情を聞くが、彼女は中国からの移民で韓国語も得意でなく、あまり悲しんでいる様子でもない。何かあるのではないかと感じた刑事の男は彼女の身辺を探り始める。しかしやがて刑事は彼女に魅了され、彼女も刑事に惹かれていく。

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犯罪を契機とした恋愛映画。

復讐者に憐れみを』、『オールドボーイ』、『親切なクムジャさん』という復讐3部作といわれる映画を死ぬほど愛している。どの映画も素晴らしくて涙が出る。残酷で滑稽で美しくてグロテスク、そんな映画たち。そんな映画を撮ったパク・チャヌクの新作が公開されている。金はないけど観に行かざるを得ない。

容疑者の女と刑事の男、彼女と彼は相容れない関係ながら次第に惹かれ合っていく。
恋愛映画に関する感度は、幼稚園児が微分積分を理解できないくらいに鈍いという自覚がある自分ですら、この映画に登場する男女の恋情に引き寄せられてしまう。
何がどうだからそうなるのかといった技術論なんて分からない。そういう風に仕組まれているのでしょうよ。うまく作ってあるんでしょう。それでいい。映画を観て監督の策略にまんまと乗せられているのだろうが、それこそが映画なのだから。

少し前にこんな話題がありました。

フィクションだけど現時とリンクしてる作品が知りたい

この投稿では
「フィクションだけど現時とリンクしてる作品が知りたい」
と書いている。でも、自分が思っていることは
「フィクションだけれど現実とリンクした部分がないと作品が物足りない」
ということだ。なぜかというと、やっぱり映画は時代の記録だと思うので、そこに社会性や時代性が盛り込まれていないと物足りないと思うからです。

『別れる決心』には現代という時代性が描かれている。スマートフォン、それを介した男女のコミュニケーション、翻訳アプリ、そしてスマートフォンで音声や画像が共有できること、スマートウォッチの使い方、車中ではハンズフリーで会話できること、そしてそういうものが記録され犯罪の証左となり得るということ。
そういう現代に氾濫している技術的な産物だけでなく、男から女へという強者から弱者へ暴力が流下していくこと、そして女性が社会進出して重要なポストに就いた時に生じる男女の問題、それらはフェミニズムの取り上げる問題でもある。そしてそれに反発する男、東アジアでの移民の問題、出世のための過労と不眠、そして鬱。
主人公である刑事の妻は秀才で原子力発電所の所長を務める人でもある。これは、はてなでも度々話題になる女性から見た下方婚(この言葉は結婚相手にまで経済的に上だとか下だとか言って格付けする大嫌いな言葉だ)を描いていると言える。

まさに2020年代でしか捉えられない事象が描かれていて、紛うことなき現代の記録となっている。100年後にもこの映画を見れば、この時代はこんな風だったんだということが分かるだろうと思う。
そして犯罪と恋愛という普遍的なテーマもある。素晴らしい。

でもね、そんなことは映画を考えることなのだ。映画を観て色々と考えることは悪くないし好きだ。でも映画を観ている間はそんなことは考えていない。構図とカットと色彩と俳優の表情と台詞、そんなものを順次受け止めながら感性が発動して、この映画に好きだとか好きになれないとかそういう印象を積み重ねていくのだ。そしてこの映画は好きだ。

主人公として描かれる刑事を演じたのはパク・ヘイル、中国人の女を演じたのはタン・ウェイ。この両者が恐ろしいほど艶めかしくて魅了される。映画を観ている間に二人に恋に落ちる。どのような映画的な技術が使われているからそんな気持ちになるのか、そんなことを考える暇もなく犯罪に関わるミステリーの謎が次々と明かされていく。そしてクライマックスへ連れて行かれる。その気持ちたるや。

ブルース・リーは「考えるな感じろ」と言ったとか言わなかったとか、いや言った。これは格闘技について言った言葉ではなく映画について言ったのじゃないだろうか。先ず感じるのだ。そしてその後にカフェにでも行ってパンフを広げてよくよく考えてみるのだ。上映中は闘いで、観客はそれに巻き込まれているのだ。だから目の前に広がる光景に集中して感性で判断し反応するのだ。我々はパク・チャヌクの繰り出す技を受け止めるので精一杯で、それは一回鑑賞しただけではおぼつかないだろう。もう一度見ればパク・チャヌクが繰り出す技を見極めることが出来るかも知れない。出来ないかも知れない。しかしそんなことさえどうでもいい。この映画が愛おしい映画だということは断言できるのだから。

これは書きたくないが一応書いておく。
パンフを買った。紙の封筒に入っていて絆創膏で封をしてあった。絆創膏はこの映画で登場する重要なアイテムだから気の利いた包装だと思った。そしてそこにはパンフと別に映画の場面が印刷された絵葉書が数枚入っていた。とても良い。
しかし肝心のパンフは公式サイトで手に入る情報に毛の生えた程度の情報しか載っていなかった。カラーの写真さえ殆ど使われていない。買ったことが嬉しいのか嬉しくないのか、よく分からない仕様になっていた。映画の余韻をこんな感じで貶めるのはやめて欲しい。