市子

2023年、日本、戸田彬弘 監督

義則と市子は同棲をしていたから、義則は市子に婚姻届を差し出し結婚を申し出る。市子は涙を流して喜んだが、次の日に彼女はいなくなり、その内に刑事がやってくる。義則は市子の消息を探るために彼女の知り合いを探し出して話を聞いていくことで彼女の生い立ちを知るようになる。

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弩級の日本映画。

ネタバレになるが明かすならば、市子は出生証明が提出されていない戸籍のない子供として育ったことが物語の進展によって明らかになる。
平野啓一郎原作の『ある男』が戸籍をいつわり他人として暮らす男の話だったが、そういう戸籍にまつわる話として少しは似ているけれど、この映画での内情は随分違い、その「随分」の部分が丹念に描かれていくことになる。
義則が市子の過去の知り合いを探し出して話を聞き出すことで、無戸籍の少女がどのように育ち、そして成人してどのように暮らしていたのかが明らかになるというミステリー要素がふんだんに詰め込まれている。

社会性のある映画だとは思うけれど、その社会悪に目を向けることよりも一人の女の生き様に焦点を当てて描かれているように思う。

現在と過去を行ったり来たりする構成の映画だったが、ややこしくなることなく整理して見られた。高校生のこの人物が成人してこの登場人物なのだということもわかりやすかったし、俳優の力量でもあると感じたし、何より脚本の素晴らしさなのだろう。本作は舞台で上演されたものが先だったらしいが、逆に演劇ではどのようにこのような今と過去を行き来する話を上演したのか、それも気になる。

結末の後にある市子が道を歩くシーンがある。これは映画の冒頭にもあった場面だけれど、その結末を知ってから観るのとではまったく意味と印象が変わる。市子が恵まれない女性だと思っていたものが、生きるということに関しての執着では怪物なのだということが分かる。

日本語字幕の上映を鑑賞した。背景の音や音楽が鳴っていることも字幕で告げられていたので、恐らく聴覚障害者向けのための字幕であったと思われるが、これが良かった。台詞で何もかもを説明するような無作法な映画ではないけれど、それでも聞き逃してしまえば話の展開が分かりにくかったのではないかと思うが、字幕があったことによって完全に把握できた。そもそも自分は耳が悪いというのがあって、台詞が聞き取れないことが時々あって、そういう意味でも大変助かった。他の日本映画でもこういう上映形態が増えてほしい。

今年劇場で観た日本映画は8本。それほど多くはないが、そのどれと比べてもベストといえる映画だった。2023年の年末に鑑賞することをお勧めする。