にんげん住所録/高峰秀子 著
昭和の大女優だった著者による著名人にまつわるエッセイ集。
京都の中心部から言えば西南の方角にある長岡京市の辺りを散策していると駅前に古書店があるのを知った。ヨドニカ文庫という古書店で、良い感じの本が並んでいたのでこの本も購入した。
高峰秀子が出演している映画と言われると、はて何があっただろうと思うくらいで、その顔を思い浮かべるとNHKの名アナウンサー加賀美幸子の顔貌が思い浮かぶくらいに記憶も頼りないのだが大女優だということは知っている。そして2010年に86歳で亡くなっていることは、この本を読んだ後に知った。
昭和の名女優らしく交友範囲も広い。三船敏郎や小津安二郎、黒澤明といった日本映画の巨人から首相夫人、皇后陛下の思い出までが綴られている。
さっぱりとした語り口で調子が良い。湿った情念のようなものはなく、潔い筆致であれやこれやの人物像が描かれていて気分の良い読後感がある。
初出一覧を見ると平成10年から12年に雑誌に書かれたもののようで、この頃の著者は74歳頃になる。その年齢だから、振り切ったような鮮やかさがあるのかとも思うが、巻末には『私の死亡記事「往年の大女優ひっそりと」』という一編があって、これは著者自身が自分の死亡記事を書いてみたというもの。これを読むと、名を残したいとか名を上げたいというような欲が綺麗さっぱりないという人柄が分かる。子供の頃から子役として活躍し、女優業でも花を咲かせて、自然と名声があった人には承認欲求のようなものはないのだろう。だから文章を無駄に面白可笑しく装飾する必要もないし、必要以上に良い人だと思われなくても構わないというような心持ちがあって、それが文章に表れているのじゃないだろうか。
今まで知らなかったけれど、著者はエッセイストとして何冊も本を残している。読後感が気持ち良いのは向田邦子のエッセイを読んだ後に似ている。向田邦子は1929年生まれ、高峰秀子は1925年生まれ。この頃のしっかりした女性の語り口というものが心地良いのかも知れない。