スタッフロール/深緑野分 著

80年代にSF映画や怪獣映画で特殊造形師として働いていたマチルダは、突如姿を消してしまうが、彼女が最後に作ったモンスターはカルト映画としていつまでも人気があった。

2010年代に同作品がリメイクされることになり、CGクリエイターのヴィヴィアンはCGによるリメイクにファンからの賛否がある中で、伝説の造形師であるマティルダがCGに反感を持っていた事を知り悩む。映画の特撮、VFXをめぐるスタッフたちの物語。

感動的。
深緑野分さんは『戦場のコックたち』や『ベルリンは晴れているか』などの作品がSNSや書評などで話題になっていたので、いつか読んでみないと、と思っていたが、書店でこの『スタッフロール』が大々的に並べられていて、書店員さんが書いたであろうポップも熱がこもっていてので読んでみようと手に取った。
魅力的な人物たちが登場し、彼ら彼女らの心の揺れ動きに一喜一憂しながらどんどん読んでしまう。前半の主人公であるマチルダが後半になって登場する場面では、泣いてしまった。主役は二人の女性だけれど、群像劇といっていいほど色んな人物が現れて交錯し、どのキャラクターにも行動にしっかりした理由がある。特別に悪い人物がいないこともとても読後感が良い。
物語に感動したこともあるけれど、別の面で言えばVFXの裏側を描いた筆力が凄い。Youtubeにある深緑さんのインタビュー動画を見ると芸大に進学しようとしていたことがあったとか、造形に関わるお知り合いがいるということを仰っていた。巻末にも参考文献が並べられ、取材させて貰った関係者への謝辞が綴られているが、それにしたって凄い。その仕事に就いている人でさえこんなに事細かに描写できないのではないだろうか。またVFX製作の工程もかなり明確に把握していないとこんな風には書けないと思う場面が幾つもあったけれど、取材をしたくらいでこんなに理解できるものなのだろうかと思ってしまう。たぶん、1を観て10を知るみたいな特段に賢い人なのだろうなと思う。

二人の女性が主人公で、特に前半は男社会に進出していく女性の大変さということも描かれている。そして戦争の傷跡や現代のテロの恐怖など、ただの夢物語ではなく社会性があって時代と共に物語が進行していくのも心地よい。社会性がないお話は苦味が足りないと思ってしまうから。

本作のテーマはタイトルの通りに「スタッフロール」であり、エンドクレジットに名が記されるかどうかということでもある。仕事をしたことが記録に残るかどうか。しかし市井に生きる我々は毎日の仕事で名が残るということはない。
例えば、ひとつの建物を作る建設工事などは多くの作業員が参加して出来上がるものだけれど、名前が残るのは建築家や施工を請け負ったゼネコンの社名だけだろう。労働者たちの名前が残ることはない。大きな責任を負った人の名前だけが残るのだと思うかも知れないけれど、彼らが責任を担保できるのは、多くの人々がそれぞれの役割で責任を全うしているからであって、そういう土台の上に立っている。でも名前は残らない。
だから職人たちは車に乗っていて、景色の中にある建物に「あの建物は俺が作ったのだ」と言ったりするのだろう。誰も言ってくれないし褒めてはくれないからそうなるのだと思う。
名を残す、名を上げることを欲するという気持ちは、誰にでもある気がする。でもそんな気持ちに折り合いをつけながらみんな働いているのだよなあ、と小説とは少し違うことを思ったりもする。