アメリカン・ブッダ/柴田勝家 著

未曾有の災害と暴動により大混乱に陥り、国民の多くが現実世界を見放したアメリカ大陸で、仏教を信じ続けたインディアンの青年が救済を語る描き下ろし表題作の他、全6篇のSF短編集。

 

災害により荒廃した現実世界を見放してVR世界に移り住んだ国民にブッダの生まれ変わりであるインディアン青年が、仏教の伝説を説くことにより、VR世界の住民たちはそのままここに住み続けるか元の世界に帰るか、意見が二分するというお話が表題作。

アメリカの世論が二分されて論争が起き分断されるというのはトランプが出てきた時のアメリカを思わせる。しかしアメリカという国は世界に開かれているからこそ今の地位があるわけで、その辺りがどうなっているのか小説の中で描かれないのがなんだかもやもやする。冷凍保存されて人々はVR世界に生きているけれど、現実の側の世界や装置を保守している人たちもいるわけで、その人達がどういう経済圏で生きているのかもよく分からない。アメリカというのは鎖国してもやっていける国ではないのだし。そんなことが気になる。
SF小説で「星間飛行なんてまだ実現されていない」とか「時間旅行なんて非科学的」なんて言っていても楽しめない。そういうところにSF読者は目をつむるわけだけれど、小説の中でうまく騙して欲しいとは思っている。ほんの少しそれらに対しての記述があれば「ああそうなのか」と納得して読み進めることができる。でも本作の小説たちには色々気になるところがあって、うまく騙して貰うことができなかった。

民俗学とSFの融合というのは、昔読んだ、絶滅寸前の民族がある惑星で保護されているという『キリンヤガ』という小説のようで大変面白いと思うが、今ひとつノレなかった。SFだからといって何でもかんでも何時でもどこでもどんな小説でも楽しめるわけでもない。