嘘と正典/小川哲 著

後にカール・マルクスと共著で『共産党宣言』を著すフリードリヒ・エンゲルスは英国で工場暴動の首謀者として裁判を受けていて、決定的な証人が入廷しようとしていた。
一方、冷戦時代のロシアでCIAの工作員はロシア人科学者と接触し国家的な重要機密を受け取っていたが、科学者から過去へと通信できる装置の話を聞かされる。

歴史改変SF小説でありながらスパイ小説でもある表題作他、全6篇を収録した短編集。

 

表題作の『嘘と正典』が凄まじかった。スパイ小説として面白いのに、SF小説としては「なんでこんなことを思いつくのか?」という奇想。本当にどういう頭の構造をしていればこんな物語を発想できるのか。凄まじく面白かった。

表題作は中編といっていい長さの小説だが、他の5作は何れも短編。それでも濃密で巻頭の『魔術師』という一遍はミステリーのようでありSFのようでもある。そしてその結末ははっきりと描かれないが、その余韻こそが良いと思える一作だった。

小川哲氏の著作は、『ゲームの王国』を読んで滅茶苦茶感動して、全て読まねばならないと思っていて、直木賞を受賞した『地図と拳』も買ってある。しかしその分厚さに圧倒されて、まだ読み始めていない。でもこの『嘘と正典』を読んで、本当に凄い作家さんなのだなと改めて思った。いやホント、どうしてこんなことを思いついてそれをこんな風な物語に仕立て上げることができるのか。恐ろしいとさえ思う。