夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦 著

大学の後輩である黒髪の乙女に恋する先輩男子は、奇遇に次ぐ奇遇によって彼女と鉢合わせすることで外堀を埋めようとしていたが、そのことによって春夏秋冬おかしな事案に巻き込まれる。

 

少し前に炎上した案件で

読みたくても高騰していてなかなか読めない幻の絶版本を、読んだことのない人が、タイトルとあらすじと、それから読んだことのある人からのぼんやりとした噂話だけで想像しながら書いてみた

というものがあって、『夜は短し歩けよ乙女』は評判が宜しいのにも関わらず未読であったので、面白がってタイトルと断片的な知識だけで短編小説を書いてみたのだった。しかし誰にも読まれることはなく、どこかのサーバーの記憶容量を無駄に占めているだけの淋しいデータになってしまった。
それというのもKADOKAWAの現社長である夏野剛の数々の放言が憎たらしく、奴が社長の間は角川の書籍なぞ買うものか、と決心していたので角川文庫の『夜は短し歩けよ乙女』をなかなか読む機会がなかったのだ。しかしそんなに意固地にならずともよいのではないか、夏野が一人で本を作っているわけでもないのだし、と思い直して読んでみたのでした。

可愛い、というのが正直な感想。黒髪の乙女の可憐さもあるが、先輩男子のあらゆる行動が可愛い。ああ男子ってアホだなあと思う。女子もアホなのかも知れないが男子は底抜けにアホだと思う。
そしてファンタジーの濃度が絶妙なのだとも思う。
わたしの亡母は2度ほど長く入院していて、その入院先はいずれも京都であった。なので鴨川より東、出町柳とその周辺の地理には明るくて、小説に出てくる地名とその町の雰囲気が手にとるように分かる。それらは全て現実で、登場人物も少し変わっているけれど、世の中にいないわけではないと思わせる。でも李白さんとか3階建ての電車が町中に登場するような明らかなファンタジーもあり、その虚実のバランスが絶妙で、なにか本当にあった話のような気持ちが心のなかに少しだけ残ったりする。

ま、それと品がよろしいわね。パンツ総番長や閨房調査団のやってることはシモネタでありお下品になりそうなものだけれど、そうならずに笑えてしまう。あらゆるところに顔を出す博覧強記に裏付けされた描写や事物がこの物語を支えているからこそだと思う。

あと、李白さんの乗る3階建ての電車は、京阪電車が大津に入って路面を走っている景色を思い出した。これって今もあるのだろうか。普通の電車が普通の道路をガタゴト走っていて凄い景色だと思ったのだけれど、森見氏にもこのイメージがあったのではないかなと思ったりする。

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まあ、なんというか、評判の良い小説は、なんだかんだと理由をつけて後回しにしたりせずにさっさと読むべきだな。読んでいる間ほんわかと気分が良くなる、とても面白い小説だった。