シング・ストリート

2016年、アイルランド、ジョン・カーニー監督作

家庭の経済的事情で底辺高校に転校することになった主人公は、いじめっ子や意地悪な教師に辟易するが校門の前の家にいる魅力的な女子に恋をし彼女をミュージックビデオに出演させる為にバンドを結成する。

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こんな愛らしい映画があるかね。いや無いね。いや、あるだろうけどこの映画は数多ある愛らしい映画の中の1本でその中でも最上級であることをホール&オーツに誓うね。それくらい最愛の映画であると言って言い過ぎではないね。

高校生がバンドを組むという映画で邦画なら山下敦弘監督作の『リンダリンダリンダ』があって、あれもとても愛らしい映画だったけれど、家庭環境とか世情とかでいけばこっちは1985年のアイルランドはダブリンなわけで、不景気とIRAが活動していた不穏な時代で、平和な日本とは比べ物にならない。
主人公の親父は失業中で母親も週に3日の仕事がやっとで両親は不仲。兄は大学を辞めて半分引き籠りとなれば人生が重くのしかかる。そんな閉塞した時代だけれど映画はコミカルにその時代を描いてる。それが涙ぐましいじゃないですか。大変なんです(同情して下さい)みたいな語り口よりもカラッと「実は大変」って言える男の方が好きじゃない?俺は好き。

登場人物の全てが愛らしくて悪人が出て来ない映画というのは好み。山田洋次の映画みたい。
主人公とその家族、バンドのメンバー、気になるミステリアスな女子。どの登場人物も背景に恵まれない環境があることを示唆していて、でも健気に生きていて、全員に一杯おごりたいくらい。激安の一本100円以下の缶中ハイを一本づつおごりたい。それくらいしか俺にはできないゴメン。

一番好きな場面。
バンドのミュージックビデオを撮ろうとして彼女に出演を依頼するが、彼女は当日になってもなかなか来ない。集まった面々に50年代の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で描かれた米国の卒業ダンスパーティのように演技して欲しいと依頼するが彼等はBTTFを観たこともないような面々。それでも体育館でMVの撮影は始まる。演奏が始まる。主人公は入口の扉から彼女がやって来ないかと気にしている。すると50年代のファッションに身を纏った彼女が入ってくる。そこはアメリカのプロムそのもので意地悪な教師はアクロバティックな踊りで座を湧かせ、両親は仲睦まじく踊り、引き籠りの兄はバイクに乗って颯爽と現れる。そしてバンドのメンバーはありあわせの衣装ではなく立派なスーツを着ている。
この場面は本当に泣ける。
人間色んな悩み事が蓄積してどうしていいのか分からなくなる時がある。そういう時は、今抱えている悩みが全て好転するようなことが起こらないかと夢想したりする。仕事の期限は迫っているのにあいつもこいつも自分の都合でそれ以上に仕事を抱えたりしない。残業続きでなんとか頑張ってるのに家に帰ると嫁は不機嫌でいつも子供は眠っていて会えない。親は体調が悪いと言って大病ではないかと心配になる、兄弟は「以前保証人になってもらったあの件だけど駄目かもしれない」と恐ろしいLINEをくれる。眠れない、そんな日々に何もかも解決するような都合の良い事態が起きないかと夢想する。
そんな夢のような一瞬が描かれる。でもそれは映画の中では魔法で、束の間訪れる最高に幸せな瞬間は現実に引き戻されたりする。その苦さも描いてる。
この場面の素晴らしさは文字に起こせない。

この場面で鳴らされる曲は「Drive It Like You Stole It」。劇中では、ホール&オーツの『マンイーター』を主人公が聴いてリズムを真似て作ったということになっているけれど真似たなんてとんでもない。滅茶良い曲だと思う。

この映画、未見の人がいたら是非ご覧になって下さい。アマプラで観れるから。感想が聞きたい。

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