コーダ あいのうた

2022年、米国、シアン・ヘダー監督作

聴覚障害の両親と兄を持つ少女は、家族の中で唯一の健聴者であったため、家族を助けるために外の世界との通訳とならざるを得なかった。彼女は気になる男子目当てで履修した合唱のクラスで教師に歌の才能を発見されるが。

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青春映画で恋愛映画で家族の物語で労働者の団結の話でもあり、何よりも聴覚障害者の世界を描いた映画で、その家族の世話をするヤング・ケアラーの話でもある。なのに下世話な下ネタの詰まった喜劇でもある。複層的な物語を追い、笑っているうちに泣けてくる感動作でした。

「障害者を描いた感動作!」みたいな宣伝文句だと、お涙頂戴なんでしょ?とひねくれが発動して観たくなくなるのですが、流石にアカデミー賞作品賞と言われると観に行かざるを得ない。結果的には観て良かった。とても気持ちが明るくなる映画だった。

劇中の最初の方で主人公が自室で聴いているレコードが「シャッグス」だった。「もしかしてあのシャッグス?」と。鑑賞後パンフを買い求めて見てみるも、そのことについては記載がない。でも公式サイトには「劇中で流れる有名曲の数々」として

シャッグス「My Pal Foot Foot」

とある。やっぱりあのシャッグスだった。

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シャッグスというのは、ガレージ・ロックなどが好きな人は知ってるバンドで、なんで有名なのかというと、超下手!だからなのです。ロック史上最高に下手、なんて言われ方もしていて、逆にカルトな名声があるのです。
劇中のこの曲についての解説をしている記事もあった。

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この映画の舞台となった土地がシャッグスの地元であったということが解説されていて、記事の筆者は

ずっと自分の発音にコンプレックスを抱いていたルビーは、そんなシャッグスに勇気をもらったのではないかと。僕はこのシーンをそういうふうに受け取りました。

と書いている。
自分もそういう風に思う。それと主人公は、自分の歌が上手いとは思っていなかったんじゃないだろうかということも思った。だから調子外れの昔のガレージ・ロックみたいなものが好きだったと。人は自分に似た者を好きになるから。どんな音楽が好きなのかは人柄を知るのに大きなヒントになるものだけれど、ちょっとしたマニアックさみたいなキャラクターもこのレコードだけで付け加えていると思う。
このレコードは劇中で他の役目もしていて、自室にやってきた女友達はレコードを見て「変わったのを聴いてるね」と大して関心を持たない。けれど、教師から発表会でデュエットを披露するように言われて気になっていた男子(大好きな映画『シング・ストリート』のフェルディア・ウォルシュ=ピーロ!)を自室に招いて練習しようとする時に、彼がシャッグスのレコードを見つけて「シャッグスじゃないか、良いのを聴いてるな」と小さく感動する場面がある。好きな人と狭い範囲の趣味を共有できるって、それだけで胸キュンでしょう?そんな役割をシャッグスのレコードが果たしている、とっても良い場面だった。その後には怒涛の下ネタが繰り広げられるわけだけど。

主人公を演じたエミリア・ジョーンズは健気でしっかり者で、それでいて美しくもあり愛らしくもある。劇中では17歳という役どころだけれどいつも自転車で移動していて、アメリカならもう免許がとれる年齢。これは貧しさなのか、労働と学校と家族の世話で時間がないせいなのか、そんなことも考えさせられる。
両親を演じた俳優もとても存在感があり、兄の役柄は兄弟愛を見せつけてこれも泣かせる良い俳優だった。でも誰も彼も笑わせてくれる。

アメリカ映画によくある殺伐さがなく、海や港町の美しさも描かれていて、基本的に良い人ばかりが出てくる映画で、鑑賞後はとても気分が良くなった映画でした。