旅のラゴス/筒井康隆 著

  壁抜けや読心術や空間転移といった超能力者が存在する中世のような世界を旅する男、ラゴスの物語。

旅のラゴス (新潮文庫)

旅のラゴス (新潮文庫)

 

読み始めてすぐに「これはジーン・ウルフ新しい太陽の書では?」と思ったら、同じことを書いている方がおられました。

2015-02: ぼくはこんなにも静岡の春夏秋冬を・blog版

筒井康隆は『新しい太陽の書』を読んでこれを書いたのだろうか。旅する男の物語であり、失われた文明という設定が似ているし、途中の壁抜け男のくだりは『新しい太陽の書』にも旅の演劇一座が出てきたことを思い出させる。
wikipediaによると『新しい太陽の書』は米国で1980-1987年に、日本版は1986年から刊行が開始されたとある。『旅のラゴス』は1986年9月刊行らしいので、筒井氏が原書でお読みになったのなら有り得そうだが、翻訳を読まれたというのならその執筆期間も考えると微妙。でもそういうのは下衆の勘繰りでしょう。ましてやパクリ云々なんて言う気もさらさらないです。創作に影響があったのかなという話。それほど本書は楽しく滋味深い作品でした。

上にリンクした方も書いておられるように『新しい太陽の書』は全4巻でありながら、本書は300頁にも満たない作品です。細部の世界観を書き連ねればあっと言う間に枚数は増えたと思うけれど、とても簡潔で平易。あまり細かな描写をせずに最低限の筆力で描き上げ、あとは読者の想像力に任せている。ジーン・ウルフのような細かい仕掛けは分量的に望むべくもないけど、それでも旅の帰路では序盤の仕掛けがいきてくる作りが施されている。それでさえもとても簡潔で分かり易い。

筒井康隆は『時をかける少女』を書いたように、この作品を創作するにあたってジュブナイルとして読まれることを想定して書いたんじゃないかなと想像する。およそ30年前の作品が今も読まれているのはそれが成功しているということなんじゃないかなと思う。

これを著した時の筒井康隆は52歳なのに、終盤の主人公が老境に至っての心境などは2015年現在の筒井氏(81歳)が書いたものではないかと思わせる。作家ってやっぱり凄い、どんな人間のどんな世代にも憑依してしまうのだなあと感心させられる。