ある行旅死亡人の物語/武田惇志、伊藤亜衣 著

はじまりは、たった数行の死亡記事だった。警察も探偵もたどり着けなかった真実へ――。「名もなき人」の半生を追った、記者たちの執念のルポルタージュ。ウェブ配信後たちまち1200万PVを獲得した話題の記事がついに書籍化!

 

行旅死亡人botというものがTwitterにある。フォローしていると身元不明の死者のプロフィールが流れてきて、自殺なのか行き倒れなのか、そんな死に方をした人たちが今の世の中にいることが分かる。この本はそんな行旅死亡人についてのノンフィクション。

兵庫県尼崎市のアパートで老女がアパートの自室で亡くなっていた。孤独死というものは今時はそれほど珍しいものでもない。しかし老女の名乗っていた名前が本当の名前かどうか分からないこと。戸籍も住民票もなく、親類縁者の手がかりになるようなものは部屋に一切ない。なのに現金が三千数百万円も保管されている。アパートの契約者は男の名前なのに、その男が住んでいた形跡もない。年金も貰わず、警察が調べたところによると無保険で資料してくれる歯医者で治療していたことが分かる。珍しい姓の印鑑、北朝鮮を思わせるような星のペンダントとその中には意味不明の数字、そして老女の右手には指がなかった。そんな謎だらけの人物の素性を共同新聞社の記者は探すことになる。
様々に不思議な謎があって、それを調査して行旅死亡人の素性を解き明かす記者のルポが本書の内容。その手順が面白い。ミステリー小説ではないから、あらゆる謎が解き明かされるという結末が待っているわけではないけれど、孤独死した老女に様々な人生があったことが調査によって分かってくる。警察も探偵もたどり着けなかったところへ記者が到達するのは流石というしかない。ドラマなら端折るような泥臭くて地道な作業がこんなに大変なのかも分かるし、小さなヒントから次々と謎の真相に辿り着く様はそれだけでミステリー小説を読むような興味がある。そしてそれがすべて本当のことだというのが凄い。

行き倒れや自殺者、そして孤独死なんて、世の中を良くするためには弱者を切り捨てるのが最良の方法だと思ってるような人間には眼中にない敗者でしかないだろうが、自分としては、事業で成功したような金持ちや華やかな仕事に就いている人たちよりもそちらの方が気になる。