地図と拳/小川哲 著

1899年、満州にある李家鎮という村が日本に占領され、満州国の建国から日本の敗戦の歴史を経て村から都市になりやがて廃墟になるまでを描いた小説。

 

満州奉天(現在の瀋陽)の東にある架空の村、李家鎮が舞台。この村が日本軍の占領から満州国建国の中で発展していく。しかし、その過程では日本人に依る中国人への抑圧や虐殺などがあり、抗日活動による戦闘も起こる。そして日本の敗戦とソヴィエト軍の侵攻によって李家鎮は廃墟となっていく。その歴史の中で中国人やロシア人、そして日本人の登場人物が様々な思惑を持って行動する様が描かれている小説です。

年末年始には何かまとまったものを読もうといつも思うのだけれど、それができたりできなかったりする。今年は重い一冊を読み終えたという充実感があった。なにしろ、この『地図と拳』は単行本で600ページ超というボリュームで辞書のような厚さだから。内容も本の分厚さに劣らず重厚だった。

読む前から大作だと思っていたから、登場人物が分からなくなったりしないようにメモしながら読み進めた。そのメモを見直すと登場人物は60人を超える。さして重要でない人物名もあるけれど「この人物が後で出てくるのかも知れない」などと思いつつ、名前がある人物は全て名前を書き留めながら読み進めた。そして結構それが役に立った。

重要人物は数人だが、様々な人物が入り乱れる群像劇といってよく、どの登場人物も魅力的だ。満州という国の建国に疑問を持つ人物もいれば真逆の思想と考えを持つ人物も描かれている。感情移入という意味では後者に肩入れしたりできないが、それでも、そういう人物はこの時代にいただろう。その立場ごとに己の仕事をまっとうしているに過ぎない。そういうところがきっちり描かれている。

また地図、拳(戦争)、土地、建築や街、歴史と時間、物語、そのような物事について登場人物が作者に成り代わって述べるような場面もあって、そのあたりの考え方も素晴らしかったように思う。

巻末に参考文献のリストが掲載されていて、そのリストも長大。これほど下調べしなければ小説というものは書けないのだなと感心するが、なにしろ大作の小説なので、その物語を紡ぎ出した小川哲という人の胆力に驚く。読むだけでも大変なのに。

架空の街の栄枯盛衰とか、知識を集結して未来を予測したりとか、SFっぽさもあると思ってしまうのは小川哲氏がSF畑から出てきたと知っているからだろうか。

まあとにかく大作で、そのボリュームに見合った物語で大層面白かった。