民族とネイション/塩川伸明 著

エスニシティ、民族、ネイション、ナショナリズム、これらの言葉が含む意味は一様でないということを世界の様々な例を取り上げて解説する本。

ひとつの国に多数の民族を抱える国を多民族国家というが、ある民族が複数の国にまたがっていることもある。民族の中に複数のエスニシティを持つこともある。だから言葉や宗教が一色でない国は幾らでもある。そして連邦国家のような複数の国や自治区が集まった国では、ナショナリズムも自国への意識と連邦国家への意識では変わってくる。そのような様々な理由によって国家間や民族間で紛争が起こる。そのような事柄がソヴィエト、東欧、アラブ、アジアといった世界の事例を引いて述べられていて、果たしてナショナリズムとはどういうものなのかが考察されている。

2008年刊行の本なのでロシアのクリミア併合やウクライナ戦争については書かれていない。けれど少しそのヒントになることが書かれている。
ソヴィエト連邦多民族国家だったが、それゆえにアファマーティブ・アクション(積極的格差是正策)を非ロシア民族に採用し民族差別を克服しようとした。しかし、マジョリティであるロシア人たちはこれに対して逆差別であるという意識があったことから、ソヴィエト崩壊後にロシア・ナショナリズムが強くなり排外主義も興った。このような歴史がある。ロシア・ナショナリズムが暴走してウクライナに戦争をしかけたのはご存知の通り。

巻末の章では良いナショナリズムと悪いナショナリズムについて考察されているが、明快な答えがあるものではない。愛国心は美しい感情だが、その感情を利用して分断を生み、無駄に煽ってその分断や紛争によって勢力拡大を目論む人達がいる。本書で取り上げられている旧ユーゴスラビアでの民族紛争などがその通りだろう。その中でナショナリズムが過激化しないための一文を引用したい。

暴力的な衝突およびそのエスカレートを避けるためには、何が必要だろうか。この点に関して、「慣用」「開放性」「相互理解」等の精神が必要だということは昔から言い尽くされてきた。これらの言葉は紛争のエスカレートを防ぐ理性的な態度を象徴するとされ、「不寛容」「閉鎖的」「排他的」等の言葉は、逆に紛争エスカレートに通じる危険な態度だとされる。

現代日本の政治家でも後者の「不寛容」「閉鎖的」「排他的」な態度をとる政治家たちはナショナリズムや地域を愛する心を利用して人々を煽る危険な政治家だと言える。
口汚い言葉で他党を罵る不寛容な態度、身内の犯罪者には甘くその処分も公開しない閉鎖的な態度、そして自分たちの意見に賛同しない人間には攻撃を仕掛け、気に入らないなら大阪から出ていけというような排他的な態度、このような政治家と政党は非常に危険な人たちだと言わざるを得ない。
どこの政党のことか何となく分かっていただけると思うけれど、はっきり「〇〇党の奴ら」と書くと彼奴らはすぐ「名誉毀損で訴える!」とか言い出すので非常に面倒くさい人たちだ。