悲の器/高橋和巳 著

法学部の教授である初老の男は妻を亡くしていたが、若き令嬢と再婚する運びとなっていた。しかし、家政婦の女と関係を持っていたことから婚約不履行で訴えられ苦悩の日々が続く。

 

著者の『邪宗門』が傑作だったので他の著作を読もうとずっと思っていて、やっと手を出した。1962年に刊行されて賞を受賞した作品で著者のデビュー作になる。
男女のすれ違いを描いた小説でもあるけれど、主人公が法学者であることから、その勤め先である大学や法曹界の事柄が描かれていて、戦中戦後の法律の成り立ちや変化を主人公の視点から眺める内容にもなっている。それらが非常に専門的で、法律から見た戦中戦後史のようなものになっている。

解説によると著者が20代後半の時代に書かれた作品であるらしいが、よくこんな小説が書けるものだと思う。著者は中国文学の専門家であって法律の専門家ではないはずだが、それを思うと驚くしかない。以前『邪宗門』を読んだ時にも、その小説に書かれていることが全て著者の頭の中から出てきたものだと思うと驚愕だったけれど、本作にもそれがあって、デビュー作からそんなことが出来る人だったのだなと感心する。こんな作家は今の時代には出てこないだろうな。時代のせいではなく、ただ稀な天才だったというだけかも知れないけれど。