来福の家/温又柔 著

台湾生まれ、日本育ちの主人公は、三つの母語の狭間で格闘する――。すばる文学賞佳作受賞の鮮烈なデビュー作「好去好来歌」を収録。

 

『好去好来歌』と『来福の家』、2篇の小説が収録されている。
何れも、国籍は台湾であるが親に連れられて日本に来て、日本で育った若い女性が主人公の物語になっている。
そこで描かれるのは、日本語、台湾語、中国語という言葉のこと。そして、その言葉によって自身の名前の読み方が変わることから、そのことによる不思議な感覚が描かれている。他にも、国籍のことなど。

そのどれにも自分に同じような体験はない。だから共感はない。日本で生まれて日本で育って日本語を喋っている自分は、疑問にも思わないで暮らしてきたから。
著者は、この2篇の小説の主人公と同じように台湾で生まれて三歳で日本にやってきて暮らしてきた方のよう。著者紹介によると大学も日本の大学を出ておられる。だから、この小説の主人公のような境遇だとこんなことを思い考え悩み違和感をおぼえるのか、という風に読み進めた。
共感はない、と書いたけれどそれが悪いとも思わない。共感だけが小説を読む楽しみだったり価値だったりするわけではないから。自分とは違う生い立ちの人がどんな風に考えるのかを知ることになるから。同じ時代を過ごして同じ世界を見ていても違って見える人がいることを知るのは悪くない。というか、その程度のことは大人なら分かっているべきだとも思うが「私がこう思うのだから他の人もそう思うに違いない」という揺るぎなき信念を持っている人の方が自分としては少し不思議な気がする。

名前ということで言えば、男より女の方がそのことを考えてしまうのだろうなということにも思い至る。結婚して姓が変わるのは現代日本では女の方が圧倒的に多いのから。そして台湾では(中国では?)妻は夫の姓を名乗らないということもこの小説を読んで知った。夫婦別姓といった現代日本でのことにも繋がっていると思う。

著者の名前が「おん ようじゅう」だということも知った。ずっと「おん またじゅう」さんだと思っていた。