2020/05/07 日記
あまりこのblogで日記的なことを記すことはしていないけれど、この時期の心情を書き記しておくことは何かの記録になるのではないかという気がするので書いておこうと思う。
コロナウィルスの危機によって行政からは外出の自粛が指示され、当方としても病気に罹患して苦しむのは嫌なのであまり外に出ずに過ごしていた。とはいえ仕事はあるわけで、日々労働の日々ではあった。会社に集合し現場へ向かう。現場ではコロナ云々は関係なく仕事は進む。そういう日々を過ごしている。
日々の感触としては、とにかく道が空いている。あそこは混んでいるからこっちの方が早く着く、どうせ混んでいるから何分掛るのはしゃーない、そんな皮算用があっさり裏切られるほどに高速、国道が空いている。仕事に向かう立場としては真に嬉しい限りでしかない。
珠に所要で街に出かけても人の数が少ない。商店街も百貨店も閉まっていて、そこに集う人が集まらないのだから閑散としている。ゴーストタウンとは言わないがコロナ以前の日常と比べると格段の差がある。
今、自分が出向くのはスーパーマーケットとコンビニだけ。食料品は毎日買いに出掛けなければいけない。煙草だって買わなければいけない。だから出掛ける。ビニールシートの幕を隔てて買物を済ませる。別にそれで何も問題はない。
正直言うと、この閑散とした街並みが好きだ。ゾンビ映画で描かれるような廃墟になった街並みには及ばないけれど、人混みに溢れた街よりも今の街が好きだ。ビルとビルの間にほんの数人しか歩いていないような淋しい街が好きだ。たぶん平常時は人が多過ぎて自分にはきつい。
もしかしたら地方の閑散とした街にでも住めばそういう居心地はいつでも実現できるのかもしれないけれど引っ越すって大変でしょう?それは望むべくもない。
映画もライブも観に行けないのは少々きつい。インドアな人間だと思っていたけれど、そういう娯楽に出かけることが自分にとって大事なことだったのだということは改めて感じた。そういう業種に携わる人がなんとか生き延びてくれればと思う。幾つかの寄付やグッズの購入なども行ったが自分にできるのはその程度しかない。文化や芸術・芸能を支える力としては自分の力は微力なのだなというのも感じた。
しかし、別に賛コロナってわけでもないが、街に人がいなくなって閑散としている状態が自分にとってはそれほど居心地悪い状態ではない。廃墟美みたいなものが好きだからだろうか。賑やかな街が嫌いなわけでもないのに今の状態の街がとても好ましいと思える自分がいるのも偽らざる事実。
呑みに行けないのは寂しいしジュンク堂が閉まってるのも悲しいけれど、人混みがなくなって衰退しているかのような都市の状況はちょっと好ましい風景だと思えるってこと。それ以上でもそれ以下でもない。