思想としてのアナキズム/森元斎 編

いかに「思想」としてのアナキズムを保持し得るか。どこまで原理的に、かつ多様に、アナーキーであり続けられるのか――。

暴力論、運動実践、哲学、人類学、宗教、音楽、映画、フェミニズム、近代日本、さまざまなベクトルが交差するアナキズムの現在。

 

ちくま新書アナキズム入門』の著者、森元斎さん編集によるアナキズムに関する論集。

ロジャヴァ革命、幸徳秋水有島武郎、デヴィッド・グレーバー、そして山伏とパンク、色んな人や出来事を契機にアナキズムの在り方、古来から従来からあるものがアナキズム的であったことが色んな論者によって書かれている。

しかし、どれも文章がちょっと難しい。そして色んな分野に派生していてアナキズムというものが何なのかは判り難くなっている。

とは思うのだが、アナキズムってそういうものなのかも知れない。こちらが「アナキズムとはこうである」といった聖典を求めているだけで、アナキズムというのは、そういう聖典に忠実なものとはかけ離れている考え方かも知れない。抑圧から自由であることを求めるのなら「アナキズムとはこれである、これ以外は認めない」みたいな教義がある方がおかしいとも言える。かもしれない。