ラストナイト・イン・ソーホー

2021年、英国、エドガー・ライト監督作

ファッションデザインの学校に入学したエロイーズは、郷里を出てロンドンの寮に入るが寮生活に馴染めず老婆の営む下宿で部屋を借りて一人暮らしを始める。しかしその部屋で毎晩60年代の夢を見て、そこに登場するサンディーという歌手を目指す女性と自身の区別がつかなくなる。そしてサンディーは夢の中で男たちに食いものにされていく。

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夢の中でサンディーは歌手を目指していて店のマネージャーに注目されるが、売れるために様々な男の相手をさせられる。そしてある夜サンディーが殺される夢を見る。以降、主人公のエロイーズは、サンディを抱いた顔のない男たちの亡霊に追い回されるようになる。

きらびやかでノスタルジックな60年代のロンドンと現代、夢と現実が入り交じる幻想的なお話。しかしファンタジーにならずホラーになっていく。それでもただ恐怖だけが売りの映画ではなく、地方から都会に出てきた若者の夢と不安や不良を気取る同級生たちとの確執、家族との絆や恋愛など色んな要素が入り混じっている。その上でホラーでミステリーな物語になっていて、よくこれだけ色んな物を盛り込んで普通に楽しめる娯楽映画に仕立て上げるものだなと感心する。

映画評論家の宇野維正氏は、この映画はハリウッドで有名プロデューサーが権威を傘にして女性たちへ性行為を強要していた問題とそれに続くMeToo運動の影響が強い作品だと解説していた。
確かに、歌手を夢見る女性に色んな男性の相手をさせる物語は、映画界で活躍したいと思う人達が大物プロデューサーに逆らえず性加害を受け入れてしまう事件に酷似している。監督や脚本家にどのような意図があったのかは分からないが、時代背景によって映画の意味が変わることはあるだろう。
しかし、そのような社会的意義をまったく考慮しなくても娯楽作としてハラハラ、ドキドキさせられて、映像美で楽しませてくれるという作品だった。社会性のないただ単に娯楽だけの映画は底が浅いと思ってしまうものだが、社会性を兼ね添えて尚且つ娯楽作品として一級品という映画はやっぱり偉いと思うしか無い。

製作のワーキング・タイトルは『ラブ・アクチュアリー』や『ブリジット・ジョーンズの日記』などの英国製で気の利いたラブコメディーが強く記憶に残っている。
英国の映画というとアメリカ映画のような荒々しさはないけれど、どこか愛らしい感触があって、見る度に好きになる。もっと色んな映画が日本でも公開されればいいのにと思う。