僕の名前はズッキーニ

2016年、スイス・フランス、クロード・バラス監督作品

母親を失くした9歳の男の子、ズッキーニは孤児院に預けられることになった。しかし其処暮らしている子供たちは皆分けありで暗い過去を引き摺っていた。

最初こそ衝突はあったものの、やがてズッキーニは孤児院での暮らしに慣れていく。そこへ新しく入所してくる女の子がいた。

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予告編を観てお分かりのように人形アニメーションの作品です。我々が人形アニメーションの映画を観賞する時には、これは人形を動かしてひとコマずつ撮影した映画なのだということを了承しながら観る。膨大な時間と労力をかけて映像が作られているということを意識しながら観る。なので「人形なのにこまやかな演技がなされていて凄い」とか、「コマ撮り撮影なのにこのスペクタクルシーンは驚くべきものだ」という感動がある。つまり人形アニメーションの技術に感動するという点が大いにある。

本作は確かにそういう点でもとても行き届いた映画だと思う。人形の細やかな動き、愛らし表情、手の込んだセット、そのようなものに対する感動は確かにある。

しかし映画を観ているとそのようなことは忘れてしまう。登場人物の子供たちは親が犯罪を犯して刑務所に入っていたり、故国へ送り返されたり、何かしらの悲しい過去を持っている。そんな子供たちが対立し、やがて打ち解け、ついには恋にまでおちる。その様を観ていてどのキャラクターをも好きになる。
恐らく実写映画で同じ物語を作っても同じ感動は得られないだろう。リアルだから。人形が演技することによってファンタジーのような味わいがあり、実在の人間の生臭さが消える。フィルターを通しているような感じ、少しろ過された感じ、浄化されたような感じ。

本作にはファンタジーの要素は皆無だけれど、人形アニメでしか味わえない情感を使って暗い話を明るく可愛く見せてくれる。泣ける人形アニメーションなんて観たのは初めてだと思う。

デトロイト

2018年、米国、キャスリン・ビグロー監督作

1967年、米国デトロイトで起こった大規模な暴動は、警察だけでを鎮圧できずに州兵までが出動する事態になっていた。暴動が発生した夜に、あるモーテルから警官に向けて発射されたおもちゃの銃が切っ掛けでモーテルの客たちは警官から過酷で無法な尋問を受ける。事実を基にした物語。

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あまり感心しなかった。
米国の暴動が黒人に対する差別的な警察の活動が鬱憤となって累積しそれが爆発したものだということは分かる。そして映画で描かれている黒人少年たちへの白人警官の尋問が常軌を逸していて差別的な行動だということも分かる。しかしあまりにも善と悪、白と黒とに明確に線引きされた描き方はどうなのだろう。その場所で行われたことが、明らかに権力による悪と罪もなき市民が受けた迫害だったのかも知れないが。

歴史的な史実を描くのに現代の基準で善と悪とに明確に区分けしてしまうのは危険、というか簡単過ぎないだろうか。今の常識で問えばそうなのだろうが、過去の問題を現代の物差しで断罪するのは甘過ぎやしないだろうか。
善と悪とにきっぱり分けてしまう物語を簡単に信用することができない。そんなものはマーベル製のヒーローショーでやればいいいのではないだろうか。善にも影があるし悪にもそれなりの理由がある。そういう苦さを描き出した物語の方に奥の深さを感じてしまう。善悪がはっきりしたものは分かり易いのだろうけれど。

陰湿な白人警官を演じたウィル・ポールターが死ぬほど憎たらしい。映画を観ている間吐き気がするほど憎い。これは俳優としては最高の仕事をしたということではないだろうか。素晴らしい。素晴らしく憎い。

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ボーダーライン

2016年、米国、ドゥニ・ヴィルヌーブ監督作

誘拐事犯専任のFBI女性捜査官は、誘拐事件の根源であるメキシコ麻薬カルテルの大元を検挙したいことから国防総省の活動に出向することになる。しかし、傍観者として参加させられるだけでしかない。やがて彼女は同行する謎の南米人と共に危険な犯罪捜査に巻き込まれて行く。

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ドゥニ・ヴィルヌーブ監督の『メッセージ』、『ブレードランナー2049』と観てきたが、それ以前の作品を観ていない。ということで観賞した本作ですがヴィルヌーブ作品の静けさというものが既定のものだという感じがした。とても静かなアメリカ映画だった。音楽や音響の問題だけでなく間の取り方みたいな感じだろうか。兎に角静か。でもそれは派手なハリウッド作に慣れた気分がそう言わせるのかも知れない。現実の世界は日常の行動のバックに派手なBGMとか流れないから。

構造が少し変わっていて、主人公として設定されているのはエミリー・ブラントが演じる女性FBI捜査官であるが、本当の主人公はベニチオ・デル・トロ演じる謎の南米人だと言っていい。エミリー・ブラントは終始、蚊帳の外で捜査に同行している立ち場でしかない。なぜその立ち位置であるのかも映画の中で明かされるけれど、観客は傍観者の目を通して映画の物語を追うという構造になっていて、少し変わった視点から物語を観察することになる。映画でも小説でも物語の新規性ではなく、構造の新規性を見せてくれるものはとても面白い。漫才だとジャルジャルとか。

傍観者を通して観客は物語を追うことになるけれど、最後には辻褄が合い、納得することになる。とても整合性がとれている。ほころびがない。そう思うと『ブレードランナー2049』で完璧な続編を作ったのもそういうことなのかなとも思う。

まだまだヴィルヌーブ作品は観てみたい。

立ち去った女

2016年、フィリピン、ラヴ・ディアス監督作

1997年、フィリピンの地方の町。女は30年間刑務所に服役していたが真犯人が判明したことで釈放される。犯人は刑務所で親しくしていた女囚で、真相を告白した後自殺していた。しかし黒幕がおり、今は豊かな暮らしをしている元恋人だと知る。出所後実の娘には会えたが息子は行方が知れないという。息子のことを案じつつ元恋人への復讐を企てる彼女は貧しい行商の玉子売りや浮浪者の少女、女装したゲイの男たちと知り合う。そして玉子売りの手引で拳銃を手に入れるのだが…

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神戸の元町映画館で観賞。
チケット購入時に4時間弱の映画で途中休憩がないと知らされる。知らなかった。そんなに長い映画だなんて。

映画が始まるとハリウッド映画なら割愛するようなシーンが続く。この調子で4時間続くのかと少し憂鬱な気持ちだった。しかし映像の美しさに次第に引き込まれて行く。
予告編の通りモノクロの映像なのだけどそれがとても美しい。超高精細の画像を見せられているようで画面の端から端までくっきりとした像が映し出される。そして白と黒のコントラストが強く、影になった人物の表情は見えないほど。でもその映像が美しい。
そして全てのシーンの奥行きが深い。人物が手前から向こうの方に歩いて行くというシーンでは最初画面からはみだすほどの人影が向こうに行くほど小さくなる。当たり前のことだけれどそれがくっきりと分かる。何百というレイヤーを重ねているよう。たぶん照明の効果で奥行きが表現されているんじゃないだろうか。それとピント。あと構図。色んな効果が使われているのじゃないだろうか。とにかく立体的で映画の中の世界が深いことを見せてくれる。映像が美麗で浮浪者の少女の髪を洗う場面、貧しい家の軒先、うらぶれた街角、そんなシーンさえ美しい。

終盤、主人公の女は息子の消息を辿る為にマニラに赴く。息子の写真を印刷したビラがマニラの裏通りに散乱する場面がただただ続く。この場面はリアルじゃない。本当にありそうな景色じゃない。でも映画だから許せる。許せるというか、こういう異世界のような場面を見せてくれるからこそ映画の意義はある。脚本が、演出が、映像が、リアルであるかどうかにこだわっていると映画の魅力を観損なうことになる。幻想的だから良い映像というのもある。

4時間弱の間退屈する間もなく、このままずっと続けば良いのにとさえ思った。凄い映画。

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極私的2017ベスト

毎年書いてるので今年も。
■映画
『LA LA LAND』

augtodec.hatenablog.comもうこれしかないでしょう。楽しくてしょうがない映画。音楽と踊りによる映画の楽しさを追求した作品として映画史に残る作品ではないでしょうか。サントラもずっと聴いてるから。
そんなに深いテーマがある映画ではないと思うけれど、主人公を演じたライアン・ゴズリングの人嫌いなところとこか世の中を斜めに見てるところとか彼の底流に漂う孤独感とか、そういうのに魅かれるのかなあ。ただ楽しいだけじゃなく悲しさも描いてるところが良いのかも。今年のベストと言わず2010年代のベストに食いこむ作品だと思います。

次点
ブレードランナー2049』

augtodec.hatenablog.comブレードランナー』を人生のベスト10に入る映画だと思っている人間にとって続編である本作をあげないわけにはいかないです。これも主演はライアン・ゴズリングなんですよね。そして孤独な男の映画だという意味でも『LA LA LAND』と共通してる。
ブレードランナー』は謎の多い作品で、言ってしまえば不完全な作品だけれど、そこが魅力的であった。続編である本作は完璧と言っても良い作品でほころびがない。その点が素晴らしいとも言えるし逆に物足りないとも思わせる。でもあの未来ビジョンは前作を更新したと言えるまさに完璧な続編でした。

映画は他にも『ドリーム』や『ハクソー・リッジ』『ダンケルク』『メッセージ』『バンコクナイツ』と良い作品を沢山観ることができた一年でした。

■読書
『誰が「橋下徹」をつくったか』

augtodec.hatenablog.com橋下徹を知事、市長の地位に押し上げたメディアの狂騒を描いている本。
テレビでもネットでもなんでもいいけれど皆喧嘩を見るのが好きなんですよ。闘争とか抗争とか。炎上とかも同じだと思う。なんか揉め事が好きなの。ワイドショーなんて人の揉め事ばっかりでしょ?
橋下徹というのは揉め事を起こすのが得意な人でそういう人を追っかけて取り上げていれば喧嘩が撮れるんですよ。そういう安易なテレビや報道の作り方をしていたから彼にメディアが取り込まれてしまったのでしょう。
でもこういう人はまた出てくると思う。先の選挙での小池東京都知事なんて橋下がやったことの劣化版でしょう。彼女の政党なんて大阪維新の焼き直しでしかないし。
またこういうことが起きると思う。本書のような書籍を読んでおけば「またか」と思えるから。

次点
『良いテロリストのための教科書』

augtodec.hatenablog.comファシストを名乗る外山恒一氏が日本の新左翼史をネトウヨに向けて分かり易く解説する本。
面白いんですよね。語り口が飄々としていて。
でもネトウヨはこういうのを読まないんだろうな。あいつら支離滅裂だから。


■音楽
Asian Meeting Festival 2017@京都METRO

augtodec.hatenablog.comアジアの前衛音楽家たちが集って即興演奏を繰り広げるライブ。
音楽でも小説でも好きな人がいてそういう人のものを聴いたり読んだりするわけだけれど、そういうことをしているのと同じように知らない人の音楽や本も読みたいのです。できれば自分では手に取らないようなジャンルのものにも触れたい。でも自分でそういうアンテナを広げるのって難しいんですよね。どうしても好きな物から先に手にとってしまうから。知らないものには中々手が出ない。
AMFは知らないアジアの音楽家たちを紹介してくれるという意味でとても功績があったと思います。アジアの前衛音楽家の情報なんてどこにもないから。
2015年から行われていた国際交流基金が主催する今回のような形式での演奏は最期だそうです。惜しいけど。

次点
行松陽介×D.J.Fulltono

augtodec.hatenablog.com京都の『外』というライブハウスに初めて行ったのがこれでした。良い感じの場所でスケジュールなどを見ていても観たいライブが結構あるのだけれど全く行けてないのです。あーまた行きたいなあ、と思ってるので次点。


映画はそこそこ観たけれど、本も読んでないし音楽も聴いてない。みんな貧乏が悪い。生活するのにやっとで贅沢する余裕がない。お金がないということは本当に生活が縮んでしまうものだなと思うのでした。