オービタル・クラウド/藤井太洋 著

2020年の日本、流れ星の観測サイトを運営している青年は、イランの打ち上げたロケットの切り離された2段目の残骸<サフィール3>が大気圏に落下することなく高度を上げていることに気付く。これを切っ掛けに国際的な事件に巻き込まれていく。 

オービタル・クラウド

オービタル・クラウド

 


面白かった。超絶面白い。
SF小説ではあるけれど「テクノスリラー」と称されるだけあってSF的な架空技術と現実の技術が入り乱れ、そしてそれらによって次第に謎が解き明かされるという展開が非常にスピード感があって読むのが止められなくなった。久々に夜更かしして小説を読んだ。

登場人物たちは誰も彼も仕事をする能力がずば抜けて優秀な人達でマヌケなキャラクターは一切でてこない。天才たちのお話でこれも一種の超人バトル的なお話だなとは思う。

作者の技術と技術者に対する敬意が満ちていてとても気持ち良い。作中でJAXAの職員が政治、行政の無理解から中国の宇宙開発部門にヘッドハンティングされるというくだりがあるが、これはかつて日本国内の半導体技術者が社内で冷遇された結果、中国、台湾などへ引き抜かれた実際の事象をなぞらえているのだと思う。電子機器の製造では中国、台湾の実力が大きく優れた物になっているのは現実を見れば分かる通り。
技術者の仕事に敬意をはらわない社会に対する苦渋が底にあって、それをSF小説の中で晴らしているように思う。

作中に登場する<スペース・テザー>という宇宙を飛行する物体はイランの科学者が発明したことになっている。彼は先進国のような待遇も予算もない中で独自に実験を繰り返し、その結果を論文として発表したが、それも日の目を見なかった。しかし某国が盗みこれを実現した、という筋書きになっている。このキャラクターには存分に活躍して欲しいと思いながら読み進めたが彼の結末はとても悲しい。
作者はソフトウェア技術者の出身で、その経験を文庫版解説から引用すると

ソフトウェア開発は世界中の開発者が同じ問題に立ち向かい、ほとんどのプレイヤーが様々な要因で退場していく現場です。資金を集められなかったために、英語が苦手であったがために、ある次点でカリフォルニアにいなかったがために、志半ばにして意に染まぬことに手を染めていく現場です。

とある。
イランの科学者は天才的な才能はあったものの先進国にいなかったがためにその能力を発揮できなかったということなのだろう。技術で目の前の謎を解き明かし問題を突破していくとても痛快な小説だが、この部分はとても苦い。しかしただ優秀な人たちが活躍するだけの小説ではなく、才あるものでも埋もれてしまうという逸話が物語に陰影をほどこしている。天才たちが大活躍して大団円なんてお話はあまりにも子供っぽいでしょう?