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京都ぎらい/井上章一 著

嵯峨で生まれ育った著者が洛中の人から田舎者呼ばわりされたことのルサンチマンが炸裂する本。

京都ぎらい (朝日新書)

京都ぎらい (朝日新書)

 

 京都外の人間からすれば嵯峨も京都でしょ?って感じではあるけれど、昔、芸人の上岡龍太郎が「伏見の人間が京都の人間のような顔をして貰っては困る」と言っていて、あー京都の中心部の人はこんな風に思ってるんですね、と知ったことがある。

小谷美紗子さん(京都府宮津市出身)の歌に
“京都に海があるなんて誰も知らない”
という歌詞があって京都市以外は京都にあらずという諦めがあるのも知っている。

大阪だと、高槻の人が「もう京都やん」と言われたり、泉佐野の人が「和歌山やん」と言われたりしてるのも見たことがある。(八尾の人が「奈良やん」と言われてるのは見たことないです。)
たぶん尼崎の人は神戸っ子に「大阪やん」と言われてると思う。

どこにでもそういう中心と周縁は存在していて、中心に近い人はそれがアイデンティティーであったり、自分の住処を誇りに思う反面、それ以外の場所を軽く見るということはあると思うんですよね。それは愛郷心の裏返しなんだと思うけど。

本作はそこら辺を面白可笑しい厭味として書いてらっしゃるので、気楽に読めるのだけど、郷土愛の裏返しで他所を軽く見るという行為が、国レベルになっちゃうと色々ややこしいですよね。