空母いぶき

2019年、日本、若松節朗監督

20XX年、日本の領土である離島に東亜連合が上陸、占拠した。国土防衛の為に島へ向かう空母いぶきと艦隊は更に攻撃を受け戦争への危機が高まる。
原作は、かわぐちかいじの漫画作品。

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映画を観に行くと本編上映の前には必ず近日上映作品の予告編があって、そういうものを観るのは好きなのです。映画が始まるまでの空気を暖めてくれるし、予告編を観て面白そう観に行こうと思うこともあるから。しかし日本映画というのは予告編で必ず、泣き崩れながら叫ぶ主人公、というものがでてきて、これを観ると「またか」とか「まだこんなことやってんのか」と思って全く観に行く気がしなくなります。激情を表現するのにあーゆー通り一篇の演出、というか型で演じるのはいい加減にやめた方がいいと思います。歌舞伎じゃないんだから。

『空母いぶき』は予告編でそういうものがなかったのと、少し前に『ハンターキラー』という米国の潜水艦ものの映画を観て、戦争が起きるかも知れない映画として日本映画はそういうものをどう描くのかなと興味があったので観に行ってきました。

ちょっと偉そうな言い方になってしまうけれど「意外とやるやん日本映画」というのが正直な感想です。気になるところはいっぱいあるけど、でも頑張ってると思いました。端的に言えば結構面白かった。

日本映画で苦手なのは、濡れ濡れの情念が満載でくどいのが嫌なのです。そういうものの良さもあると思うけれど、なんかやっぱり演歌なんですねと思ってしまう。
本作は空母いぶきの艦長を演じた西島秀俊がもの凄くクールで合理的な判断をするという役柄でそれに従う艦隊や隊員たちも黙々と職務をこなすという感じなのが良かったです。原作がそうなのかな。未読です。

それと、アメリカ映画というのは強大な軍事力を持ってる国の映画なので戦争になるかも知れない映画であったとしても「いざとなったらやったる」という気概が満ち満ちていると思うし、しょっちゅう戦争をしている国なので戦争が始まるかも知れないといってもハードルが日本より低いと思うんですよね。それに比べて日本は太平洋戦争が終わってから海外派遣などはあったにしても公式には他国と70年以上も戦争していないわけですから戦争が始まるかもしれないことに対する歴史の重みが随分違う。憲法戦争放棄を謳っていますし。そういう日本という国の事情も描かれていてよくできてると思いました。これも原作がよくできてるからなのかも。未読ですが。

これはいらんやろ、みたいなところはいっぱいあったんですよね。いぶきには偶々記者が二人乗り込んでいて、規則を破って現場の状況を本社に伝えるのですが、編集部がその情報を伝えようとする場面が凄く緊張感が削がれる。斉藤由貴が凄腕編集長みたいな役ですけど、そういうの必要ですかね。
それと中井貴一が店長のコンビニが並行して描かれるけれど、これは戦場の緊迫感と内地の平穏さの対比みたいなのを描きたかったのかな。でもこれも緊張感ががっつり削がれる。
あと市原隼人はあかん。いぶき艦載機のパイロットの役だけどあかん。他のキャラクターがくさい情念みたいのを抑えた人物像なのに市原は出てきただけでもうくさい。あんなヤンキーの中学生みたいにほっそい眉毛のパイロットおるか。あほか。役作りの為に太ったり痩せたりする俳優が世の中には沢山いるのに眉毛くらいなんとでもなるやろ。ほんまに。ちゃんとせえ。

東京瓢然/町田康 著

東京、若しくは近郊で瓢然と旅することを目指して町をうろうろする随筆集。 

東京飄然 (中公文庫)

東京飄然 (中公文庫)

 

 町田康の『告白』を読んで、あまりに素晴らしかったので他の本も読もうと思い手に取った一冊。
都電の早稲田近辺、鎌倉から江ノ島、新橋から銀座、そして上野の美術館、高円寺のライブハウス、と著者が瓢然を目指してうろうろしつつ、そこで見聞きしたことや脳内の雑念などが記されている。
面白い。面白いけれどこれは町田康が書いていると了解して読んでいるから面白いのか、町田康の文章は町田康にしか書けないから面白いのかよく分からなくなる。

上野で美術館を出て瓢然とビールを飲むことを目指し上野駅に辿り着いた町田康はラーメン店の前でインスピレーションを得て『夜のサルビア』という題名の詩を着想する。

おまえは夜に咲くサルビア
昼に咲けない悲しい花さ
蛤のお吸い物は貝殻が邪魔だね
夜中の蛤、体に毒よ
そんな優しい言葉のなかに
サルビア
サルビアだけが咲いている

この詩を町田康は「恐ろしいほどの愚作であった」と書いているけれど、もし現代詩手帖などをぱらぱらとめくっていて、シリアスに言葉の芸術を目指している詩たちの中に『夜のサルビア』が混じっていたら作者が誰かは知らずとも「この詩を作った人はたぶん良い人」と思うのではないだろうか。
しかし元暴走族の総長で今はイタリアンレストランを複数経営していて愛車はマセラッテイみたいな人の書いた『サクセスの秘訣』的な自己啓発本の中にこの『夜のサルビア』が挿入されていたら「食中毒で営業停止になるかランドクルーザーと事故ってマセラッティの横腹がべこべこになればいいのに」と思うだろう。

誰が書いているかを知らずに読むことはなかなか難しいし、知っているがゆえに先入観を持って読むことで良い面も悪い面もある。でもインターネットの海の中で何処の誰かも知らない人の文章を読んで好ましいと思うこともあるし、どうなんでしょうね。

Shipwrecker's Diary/ Prurient

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USのマゾンナとも称されたPrurientの2004年作。
格好良い。その音がマゾンナと比べられるのも分かる気がする。緩急でうねりを作り上げるノイズで、スピード感のあるロックンロールを聴いているような肌触りがある。音色も種々様々でサイケデリックな酩酊感もある。格好良い。

Prurientはドミニク・ファーナウ(Dominick Fernow)という人がやってる一人ノイズユニット、最近はVatican Shadow名義でテクノもやってるらしい。しかしPrurient名義でもまだまだ活躍中で最近ごっついBOXセットが出たんちゃうかな。2万円くらいするから買えないけど。
ノイズの盤はこういうコレクター心をくすぐる盤が時々出て、SolmaniaのBOXとかINCAPACITANTSのBOXとかMASONNAのBOXとか出て欲しくなってしまうのが困る。買えないから悔しさを胸に秘めて眠るだけだけど。

 

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告白/町田康 著

河内音頭で歌われる、明治期に起きた「河内十人斬り」と言われる事件を題材にしたお話。

告白 (中公文庫)

告白 (中公文庫)

 

 

文庫本で800頁もあって、寝転んで読んでいると腕がだるいかなわんなとなるような本ですが、読んでる間はずっと、おもろいなんでこんなおもろいんやこのおもろさの根源はどこにあるんやろしかしおもろいなと頁をめくる手が止まらなくなる、そんな小説でした。

今でいうと大阪の千早赤阪村のあたりにある村が舞台。主人公の城戸熊太郎は農家の出なれど博打と酒と遊興に身を持ち崩して生活しているような男です。しかし彼の中ではまじめに百姓仕事をしない理由があって、作中では熊太郎を「思弁的」であると評しているように自分の中に色々な考えがあるがうまく言葉にできずにいて、村の者たちと自分は違うと考え、それゆえに真面目に仕事をするのが恥ずかしくて無頼な生活をしているのです。そんな風だから村の中では多少の畏怖もありながら、鼻つまみ者、厄介者として扱われている。
そんな熊太郎にも弟分の谷弥五郎がいて、弥五郎はまだ少年だった頃に博打場で助けられたことを恩義に感じて熊太郎を兄貴と慕いつつも一方では「しゃーない人やな」とも思っていたりする。が、それもまた愛情であったりする。
一方、村には村会議員である松永という家があり、この長男の熊次郎という男に主人公は何度となく騙され煮え湯を飲まされる。そして熊次郎の弟である寅吉は兄に反目して主人公と仲良くしているようでいて、熊太郎の内縁の妻と浮気をしてしまったりする。などなど松永家に対する不満や怒りが蓄積してついに、あいつらは殺してしまうしかない、と弥五郎と共に修羅場を演じるのです。

十人斬りに至る場面は作中のほんとに最後の方で、それまでは熊太郎の幼少期から大人になりやくざな生活をするに至る成長というか堕落というかそういう暮らしが描かれていてそれがもうずっと面白い。
やたけたな人、しゃあない人の話というのはどうしても面白くて、登場人物の情けなさやだるさや滑稽なところなど、いい加減な人間ばかり出てきて誰もちゃんとしていないので目が離せなくなる。
こういう駄目な人たちって親戚や身近に関わる人にいると本当にかなわん人だけれど傍で見ている分には滅法面白くて、昔近所にいた右翼のおっちゃんを思い出した。酔っ払って自分の街宣車に乗って「俺の話を聞けー!」と連呼しながら近所をぐるぐる回ったり、町内会の行事にいちゃもんをつけて町内会長に殴られたりする人だった。市会議員に出るといって出なかったり道端で酔っ払って泣いてたりもした。あーゆーおっちゃんって関わり合いになるとほんまにしんどいのだけれど何故か憎めない魅力を持っているのが不思議。馬鹿にされたり笑われたりしたくないなら善行を積み重ねて周囲の信頼を勝ち得る方向に舵を切ればいいと思うのだけれど、できないのか敢えてやらないのかずっとそんな人のままでいて、道で会って挨拶したりすると「おう元気でやっとるか」みたいに顔役みたいな振りをしている。なんでああゆう人のことを見聞きしたりするのは面白いのですかね。本作でもそんな熊太郎のやることが面白くてしゃあない。

それと主人公熊太郎の頭の中に色々考えはあるがそれが言葉として口から出て来ないという性格も面白い。村の人たちは自分が思っていることを素直に言える。しかし熊太郎は頭の中にある本当に自分が言いたいことが今の言葉で表現できないがゆえにもどかしい、と考えている。
そういうことは誰にでもあるのではないでしょうか。色々と考えはあるがまとまらないとかうまく言えないとか。でもそういう時って結局言いたいことは大してなくて感情が渦巻いていたり色々反発してるだけだったりしないでしょうか。

いがらしみきおの漫画『ぼのぼの』にシマリス君が頭の中にあるもやもやした考えをまとめるために何か書き出してみようとするのだけれど何を書いたらいいか分からず、取り敢えず地面にうずまきを描いて自分自身も困惑する、というものがあった。
自分の考えをまとめてみようと兎に角頭の中にあるものを文章にして書き出してみようと思い、始めたものの大して筆は進まず、自分の中にこれといった考えがないことに気付いたりする感じ。もやもやしているから色々充満している気がするが輪郭線をひいてみたらその中身は案外空虚だった、みたいな。

嗚呼、そしてこの感想文もうまく書けていない。もう少し色んなことを思いあんなことやこんなことを考えたはずなのに。忘れてしまったのかそんなものは最初からなかったのかももう分からない。

くだんの右翼のおっちゃんも「俺の話を聞け!」とは言っていたものの、だったら何を聞いて欲しいのよと思っても、ただ「俺の話を聞けー!」としか言ってなかったから。

 

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大日本帝国の興亡/ジョン・トーランド 著

大日本帝国の興亡〔新版〕1:暁のZ作戦 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

大日本帝国の興亡〔新版〕1:暁のZ作戦 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

日本が中国に進出し、2発の原爆が投下されて敗戦に至るまでの太平洋戦争全史を日米双方の視点から描いたノンフィクションです。
5巻からなる本書ですが、その半分以上は日本軍が負け続け米軍が進軍していく過程で埋めつくされています。そのどれをとっても、補給も増援もないまま精神力だけで陣地を死守せよと命令される日本軍に対し、着実に兵站の足掛かりを築き物量で圧倒する米軍の姿が描かれている。米国は同じ時期にヨーロッパ戦線にも派兵していたわけで、国力の違いを見せつけられます。

読んでいて思ったのは、もう70年以上前のことではあるけれど日本人の精神性というのはあまり変わってないんじゃないかと思いました。本書で描かれている日本軍と政府の悪いところは、今の世の中や企業文化の中にも確実に残ってる。
前線へ兵士や武器を送ることができないまま現場の部隊に決戦をせまるところなどは、現代でも密な計画も策略もないまま下請けや現場に全てを丸投げしてしまう仕事のやりかたに似通っている。
敗戦濃厚となった戦況において無条件降伏を受け入れるかどうかを判断する重臣たちの会議では、陸軍の面子や海軍の維新などと言って誰もはっきりと降伏を受け入れると言いたがらない。こういうのも、誰しも現状を収拾するのに苦い結論を受け入れなければならないことは分かっているけれど、それを自分から言い出すのは避けて誰かが切り出さないかとぐずぐず会議を続けるといった場面を今までの職場で幾度も見てきた。そして誰もそれを言い出せないから目を背けたり先送りしたりして更に事態が悪化するという始末。何度も見てきた。
それらを、国内向けには戦況が悪いことを公表しなかったり誤魔化したりするのも、現代の政府の統計不正や企業の粉飾決算と同じことだと思う。目の前の課題を解決することよりも、より労力の掛らない誤魔化しや嘘に手を出してしまうという構図。
こういうのみんな大日本帝国の頃から脈々と続いていることじゃないだろうか。

外国で生活したことはないのだから「日本人とは」みたいな話はしたくないけれど、本書を読んでいるとアメリカとは違う日本人らしさの良くない部分が色々と垣間見える気がします。

本書は5年の取材期間を経て1970年に刊行された書籍で、まだ関係者が存命であったことから各方面に取材、インタビューを行って執筆されたとのことで、作者はアメリカ人であるけれど奥様が日本人であることから日米双方について平等に記述されている印象を受けました。
マスコミが報じない真実、みたいな与太話を鵜呑みにするよりは本書のような書物を読んだ方が百万倍価値があると思います。

 

大日本帝国の興亡〔新版〕2 :昇る太陽 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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大日本帝国の興亡〔新版〕3:死の島々 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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大日本帝国の興亡〔新版〕4:神風吹かず (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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大日本帝国の興亡〔新版〕5──平和への道 (ハヤカワ文庫NF)

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