東京瓢然/町田康 著

東京、若しくは近郊で瓢然と旅することを目指して町をうろうろする随筆集。 

東京飄然 (中公文庫)

東京飄然 (中公文庫)

 

 町田康の『告白』を読んで、あまりに素晴らしかったので他の本も読もうと思い手に取った一冊。
都電の早稲田近辺、鎌倉から江ノ島、新橋から銀座、そして上野の美術館、高円寺のライブハウス、と著者が瓢然を目指してうろうろしつつ、そこで見聞きしたことや脳内の雑念などが記されている。
面白い。面白いけれどこれは町田康が書いていると了解して読んでいるから面白いのか、町田康の文章は町田康にしか書けないから面白いのかよく分からなくなる。

上野で美術館を出て瓢然とビールを飲むことを目指し上野駅に辿り着いた町田康はラーメン店の前でインスピレーションを得て『夜のサルビア』という題名の詩を着想する。

おまえは夜に咲くサルビア
昼に咲けない悲しい花さ
蛤のお吸い物は貝殻が邪魔だね
夜中の蛤、体に毒よ
そんな優しい言葉のなかに
サルビア
サルビアだけが咲いている

この詩を町田康は「恐ろしいほどの愚作であった」と書いているけれど、もし現代詩手帖などをぱらぱらとめくっていて、シリアスに言葉の芸術を目指している詩たちの中に『夜のサルビア』が混じっていたら作者が誰かは知らずとも「この詩を作った人はたぶん良い人」と思うのではないだろうか。
しかし元暴走族の総長で今はイタリアンレストランを複数経営していて愛車はマセラッテイみたいな人の書いた『サクセスの秘訣』的な自己啓発本の中にこの『夜のサルビア』が挿入されていたら「食中毒で営業停止になるかランドクルーザーと事故ってマセラッティの横腹がべこべこになればいいのに」と思うだろう。

誰が書いているかを知らずに読むことはなかなか難しいし、知っているがゆえに先入観を持って読むことで良い面も悪い面もある。でもインターネットの海の中で何処の誰かも知らない人の文章を読んで好ましいと思うこともあるし、どうなんでしょうね。