コンビニ人間/村田沙耶香 著

コンビニバイトの女性を主人公にした芥川賞受賞作。 

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

 

今『大日本帝国の興亡』という本を読んでる。文庫本だけど5巻もあって、太平洋戦争の開戦から終戦を記述するという一大戦記ノンフィクションなのだけど、読んでるともう本当にイライラする。海軍の威信、陸軍のメンツみたいなことで会議ばっかしている間にどんどん攻め込まれて、現場は補給も増援もないのに決戦を挑まされて、どんどん兵士が死に陣地は奪われ勢力圏は縮まっていく。本当にイライラする。アホか大日本帝国

そんなわけで読書によってストレスが溜まったのでストレス解消になるような何かが読みたかったのです。薄い本が良い。一晩で読み終えることができそうな薄い文庫本。なので本作『コンビニ人間』を手にとってみました。累計100万部ですって。

主人公の女性は、36歳独身のコンビニバイト。本人はその境遇に何の引け目も感じていないが、周囲の人たちが「その年で独身、それも正社員でなくアルバイト」という目を持っていることは知っている。なのでうまい言い訳も用意していたりする。そして成り行きで同じ勤め先をクビになった男を部屋に住まわせることで自分が<普通>と見られるようになり逆に<普通>と見られていなかったことを知るようになる、というお話です。

普通VSそうじゃない人、という対比で<普通>に疑問を投げかけるみたいなお話ですが、主人公は殆ど感情がないと言っていいような超人的な人格として描かれるので、一種のファンタジーのような味わいがある。なんだかリアルな現代の世界に妖精が紛れこんで、世の中が<普通>と思っていることに疑問を投げかけるみたいな。

主人公はコンビニで働くことに生活を最適化しているのだけれど、この辺りは殆どの働いている人は笑えないのではないだろうか。仕事を適当にやっている人もまあいますけど、殆どの人は結構真面目にやってる。というか頑張ってるし死力を尽くしているくらいでやっとこなせるという場面もある。
本作ではコンビニ店内の情景が鮮やかに描かれてその仕事の手順が主人公の脳内でシステマティックに思い起こされたりします。そういうことも職業人なら誰でもあると思う。あれはこうやってこうして何日あればなんとかなる、みたいなことを考えるような。そういう意味では殆どの人が営業人間だったり技術部人間だったり電気工事人間だったりすると思います。三木谷は楽天人間だったり柳井はユニクロ人間でもあります。
職業的視点というものが誰にでもあってそれがこの小説ではコンビニで、それはあるあるなので多くの人に読まれる小説なのかな、みたいなことを思ったりもしました。妙な読後感があって不思議な小説でした。

ファースト・マン

2019年、米国、デイミアン・チャゼル監督作品

アポロ11号で人類として初めて月面に降り立った人、ニール・アームストロングの半生を描く映画。

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なんだかもやもやとした感じが残った映画だった。つまらなかったわけではないけれど、もの凄く面白かったとも言えない感じでした。
チャゼル監督は『セッション』『ラ・ラ・ランド』と前2作が音楽映画で、初監督作も音楽映画であったらしい。なので、音楽映画以外をどのように撮るのかと期待して観に行ったのです。

映画の中でアームストロングが経験する試験飛行、宇宙空間で行われる宇宙船同士のドッキング実験、そしてアポロ11号の月面着陸、それらの場面はとても良かった。宇宙船の中の狭くて息苦しい空間が閉塞感と不安感を醸し出してどの場面にも緊張感があり、そして月面の荒涼とした広がりが対比的で目標に到達した感じが如何にもあった。
でもアームストロングが家族や同僚と地上で過ごす場面があまりにも淡々としていて、退屈といっても良かった。

前2作では登場人物たちに劇的な感情の起伏があって、観客にはそれが分かり易かったのだけれど、今回はそういう激しい感情を抑えたドラマで静かに進行する感じ。それはそれでチャゼル監督の試みだったのかもしれないけれど。

月面着陸場面での壮大さと無常感がとても素晴らしかったので、なんとも歯がゆい感じがする映画でした。

二月二十三日@難波ベアーズ

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出演は
SOLMANIA
黒電話666
角矢胡桃

黒電話666、名前は知っていて音源も聴いていたけれど見るのは初めてだった。髪をきっちりと撫でつけて、スラリした体躯と知的な印象のする顔からインテリで音響系のようなノイズを聴かせるのかと思っていたけれど、ステージ上で上着を脱ぐと左腕には幾つかのタトゥーが見え、咆哮を上げながら鳴らす爆音は不安と暴力性を感じさせた。とても良かった。

三者三様の音があり、ノイズとひとくくりにしてもその音色やグルーブは無限に個性があるのだということを思った。

それと音を発生する装置について、はっきりとここから音が出ているという物があるのはなぜだか魅力的なのだなあということも感じた。
ラップトップPCでノイズを繰り出すパフォーマーも今まで幾人か見たけれど、やはりライブアクションとしての派手さには欠ける印象があって、それは音の発生源がどこなのか分からないことによるもどかしさなのかも知れない。演奏者がPCを前にしてディスプレイの灯りで照らされながら爆音が流れていてもそれは録音なのか演奏なのかも観客には分からないから。
卓の上に無数のエフェクター類が並んで接続されたパッチケーブルがうねうねと這い回っているような機材で、それと格闘しながら音を出しているような演奏の方が見ていて面白い。何がどうなってあの機材からこんな音が出るのだろうという不思議さと、確かにここから音が発生しているという視覚的証拠があって、今それが演奏されている音だと思えるから。
そして更にSOLMANIAはその改造ギターが圧倒的に魅力的だし、黒電話666の使うアナクロダイアル式の黒電話は、それを通して雄叫びが発生することで演奏としてのアクションになっていて視覚的な迫力を与えてくれている。

というか、変わった楽器で音が出てるという面白さなのかもしれないです。

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ミッドナイト・ラン

1988年、米国、 マーティン・ブレスト監督作品

賞金稼ぎの男は保釈金融の店からある会計士を捕まえて連れてくるように依頼される。その会計士はマフィアの大物から金を盗んで慈善事業に全額寄付した男だった。ニューヨークで会計士を捕まえたが、様々な妨害や裏切りがある中で賞金稼ぎはなんとかロサンジェルスまで男を連行しようとする。

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3連休に暇だったので、バイオハザードシリーズを全作観てみようかしらと思って観始めて、最初は「ミラ・ジョヴォヴィッチってほんまに美人やな」とか思って観ていたけれど、2作目でもう飽きてしまって、そういう時って何したらいいか分からんくなるから、昔見て面白かった映画をもう一回観てみようってなる。音楽でも好きなアルバムは何回も聴くから。映画も同じように何回も観る作品というものがあって、それが本作『ミッドナイト・ラン』なのです。

男の映画だと思う。登場人物は賞金稼ぎの男がロバート・デ・ニーロ。会計士がチャールズ・グローディン。他には保釈金融の社長と事務員、もう一人の賞金稼ぎ、FBI捜査官、そしてマフィアのボスと間抜けな手下2名、主要な登場人物はみんな男子。賞金稼ぎの元奥さん、娘、会計士の妻、などほんの少し登場する人物たちに女性がいなくもないが、基本は男の映画であり、おっさんたちがアメリカ大陸を右往左往する映画なのです。だから男の哀愁に充ちているのです。

不毛だと思っているけれど、世代間闘争のような話になると中年男というのは、世の中を牛耳っていて若い世代の意見に耳を貸さない保守的で融通のきかない社会を停滞させている張本人のようにまつりあげられるわけです。セクハラとかも平気でするような若者の女性の仮想敵として最も適した存在とされる。なので、弱い者を笑いの俎上にあげるとそれは弱い者いじめになってしまうけれど、前述のようにおっさんは強い者と設定されているので笑い飛ばしても良いとされるのです。可哀想だけどそうなのです。

本作では、その通りにおっさんたちが裏切ったり裏切られたり、盗聴したりされたり、嘘ついたりつかれたり、あっちに飛行機で飛び、こっちに列車で移動し、カードが使えなくなって金がなくなったり、煙草をぱくられたり、殴られたり、転んだり、と全編可笑しい。もう本当に誰も彼も一生懸命働いてるんだけど、誰も何もうまくいかないというおっさんたちの苦闘が描かれていてそれが涙ぐましい。
でもね、ちまたのおっさんたちもそうやって生きていると思うのです。社会を牛耳ってるおっさんなんてこの世の中に一握りしかいない。大抵のおっさんは必死に生きていて、馬鹿にされないようになんとか踏ん張って生きていると思うのです。

世代間闘争なんかを持ちだして世の中の不具合を全ておっさんになすりつけるようなことを言う人は本作を観て「おっさんも色々大変なんだな」ということを分かって欲しい。頑張ってるから。

帰ってきたヒトラー

2016年、ドイツ、デヴィット・ヴェント監督

現代にタイムスリップしてきたアドルフ・ヒトラーがテレビ局に取り上げられ一躍人気者になってしまうコメディー作品。

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『ナチス第三の男』『ブラックブック』に続いてナチスものを観てみた。
軽いけれど風刺の効いた喜劇として面白く見た。現代ドイツの諸問題に詳しければもっと面白く見られたのだと思うけれど。
ヒトラーが現代に蘇って意外と的を得たことを言うという話なのだけれど、どんなに悪行を重ねた人間でも悪いことだけやってる言ってるということはないのでその発言がマトモだったりすることはあるのではないでしょうか。

少し前にtwitterで、信頼している言論人たちが「この件については古市憲寿の言っていることには一理ある」とか「この件については橋下徹の意見は正しい」みたいな発言をしていた。自分としては、この御両人については基本的に危うい考え方の持ち主だと思っているので意見を聞きたいとも思わないのだけれど。彼らだって何から何までクソのような発言をしているわけでもない。珠にはまともなことも言うだろう。でも普段はクソのようなことばかり吐き出しているので珠に良いことを言うとこんな風に評価して貰える得な役だと思う。
良く似ているものに、不良少年だった者が成人して普通の社会人になっているだけで立派に更生したと褒められたり、ヤクザが珠に親切だったりすると意外と良い人に認定されるようなものも同じことだろう。落差の問題で、古市も橋下も思想的に不良だけど珠に良いことを言うだけで取り上げられるという構図。
本作も悪名高いヒトラーが、現代ドイツの問題について意外にも本質をついた発言をすることで人気を得るという同じ構造です。

ドイツの右翼政党をおちょくったり、マスメディアが視聴率を得る為になりふり構わず行動するところなどを皮肉っていてドイツでも日本と同じなのだなあと思ったり、後半ではヒトラーを選んだ民衆をも批判していて、全方位的に笑い者にしているところ等はとても痛快です。どちらかの勢力について正義を振り回すよりも全方位に唾を吐きかけてる人間の方が見てる分には面白いから。

ドイツ映画って独特の質感と空気感があるなあと思いました。街の景色や室内のインテリアみたいなところだろうか。