EUROPE CALLING/ブレイディみかこ 著

英国で保育士として働く女性による、労働者階級の目線から見た現代の英国、ヨーロッパの政治状況を語る一冊。

 英国では福祉の切り捨てと弱者に対する助成の削減といった緊縮政策が採られており、右翼政党の台頭とそれに抵抗する勢力といった構図があるようで、他国のことだと思えない状況です。

英国にはNHS(国民保健サービス)と呼ばれる原則無料の医療制度があるのですが、これを緊縮政策の流れで解体するか否かという攻防があるということが書かれています。NHS創設の理念を象徴する当時の大臣の言葉を引用すると

病気とは、人々が金銭を払ってする道楽ではないし、罰金を払わねばならぬ犯罪でもない。それは共同体がコストを分担するべき災難である

とあります。最近炎上したあの人に聞かせたいような言葉です。

人間誰しも弱っている時は人に優しくする余裕がない。それが国家規模で起こっているのが今の状況じゃないでしょうか。経済が停滞し、財政が圧迫されて弱者に対する福祉や助成が切り捨てられていく。弱っている時は弱者に優しくなんてしてられないということだと思います。

そういうのって動物的なんですよね。野生や本能に従順だと言ってもいいと思う。
財政が福祉予算で圧迫されている、経済は低迷している、ならば福祉を切り捨てよう、なんて最も単純な思考でしかない。強い者が生き残り弱い者は淘汰されるという弱肉強食の動物的世界に回帰している。弱者も含めて共存していく方策をとるのが人間的なのじゃないでしょうかね。

概ね右派と言われる人たちの主張って本能に従ってると思う。それがゆえに支持されるというところもあると思う。
差別的感情を隠さない、弱者に自己責任を押し付ける、軍事力を増強して存在感を増す、競争に参加できないのは努力してないからだ、どれもこれも感性が起動してそれを包み隠していない。感性がそう反応しても理性的に考えればそれは言うべきことじゃないことが分かるはずなのにコントロールできていない。しかしそのノーコントロールな状態を本音で語っていると捉える人がいる。本音だけで語ってちゃだめなんですよ。理性で制御しないと。人間なんだから。

てなことを考えました。

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ゴールデンカムイ

 

 漫画を読む習慣がしばらくなかったのだけど、知人が「面白いから読め」って家に置いていったんで読んだんです。①~⑤を読みましたが、これ面白いねー、凄く面白い。

明治末期の北海道を舞台に、アイヌが隠していた金塊を北海道独立を企む軍、元新撰組、そして個人的事情でそれを探す元兵士とアイヌの少女、彼らが入り乱れて金の行方を探すというお話です。

血わき肉おどる展開でぐいぐい引き込まれる。
1巻冒頭であっと言う間に金の強奪競争に巻き込まれる展開が素晴らしいです。転がるようにトラブルに巻き込まれて行く展開が小気味良い。もうここでぐっと掴まれた。
死を賭した行動に出るにはそれなりの理由というものが必要になるけれど、それが不可分なく配置されていてちゃんと感情移入できるようになっている。

明治時代、それも北海道の話なので時代考証とか大変だと思うんですよね。明治末期という時代設定は、ある意味時代劇でその風俗を描くのには並々ならぬ苦労があると思うんです。特にアイヌという少数民族の装束、その生活様式、狩りの仕方や料理まで描いている。それらを漫画として視覚的に表現しなければいけないわけで、資料を参照する必要があるだろうけど、これは大変だったんじゃないだろうか。巻末に参考文献が載っているけれど、それ以上の苦労があると思う。

なぜか料理漫画でもあるんですよね。アイヌの少女が山の獲物で料理を作ってみせる場面が多くある。これは資料集めは大変だったんじゃないでしょうか。庶民 のそれも少数民族の人たちの食事の歴史資料なんて集めるの難しいはず。それを絵で再現しなくてはならない。そして美味しそうに見せるという、幾つものハー ドルがあるのをクリアしてるところが凄いです。この漫画のビジュアルを創り出す裏にもの凄いデータがあることを想像させます。

続きが楽しみな漫画です。

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Viosphere/AGENCEMENT

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AGENCEMENTはヴァイオリンの即興演奏の方で島田英明さんのソロユニット。詳しいことはHPをどうぞ。

sites.google.com

即興演奏、実験音楽という括りで表現されるのが的確かと思うのですが、レコ屋のノイズの棚にあったのでノイズのタグで紹介することにします。

ライナーというものはなく、裏ジャケに
materials:magnetic tapea,violin and electroncs
とだけ記載されています。ヴァイオリによる演奏を電子的に変調して多重録音、編集しているイメージでしょうか。

その音はヴァイオリンだと言われなければ多分、分からないでしょう。
ヴァイオリンは弓で弦を擦る楽器ですが、指で弦を弾く奏法もあってピチカートと呼ばれます。このピチカートを多用して短い音を連ねている感じはするのですが、本当のところはは分からないです。ヴァイオリンであるけれどヴァイオリンではないかのような音で構築されています。

実験音楽や前衛音楽は楽器の新しい可能性を模索することもその使命に含まれていて、ギターを弓で弾く人もいるし、ターンテーブリストターンテーブルのレコードを再生する装置という機能をあらゆるテクニックで拡張しています。そして新しい音と音楽を提示する。それらは音符で記録できない音楽として、即興演奏であることが多い。

楽器の凡そ、その楽器らしくない音を新たな奏法で演奏し新しい音と音楽を生み出す。そんなことをして何になるのだと言われるかも知れないが、そのような実験が無くなれば進歩や変化は訪れないと思います。変化があることこそが、そのジャンルが生きていることの証だと思うのです。

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創作の極意と掟/筒井康隆 著

多数の項目を挙げて、小説を書く為の心得を記した一冊。

創作の極意と掟

創作の極意と掟

 

 例えば、『羅列』という項では

清涼飲料水の空瓶、紙コップ、新聞紙、西瓜の皮、筵、船虫の死体、檜皮、鼠の死体、七色唐辛子入れの竹筒、縄、底の抜けたウクレレ、蛙の死体…
脱走と追跡のサンバ筒井康隆

といった、下水道の水面に浮かぶ汚物を描写した文例を取り上げ、それが催す効果を示し、なんでも繰り返せばいいってもんじゃないという難しさを、他の作家の文例を取り上げて解説してくれています。

他の項でも自作、他の作家の小説からその項目に合った作例を提示して解説し、時に逸脱し、と読んでいて楽しく為になる。文章作法という書ではないけれど、小説を書いたり文章を書く工夫に苦労している人にはとても面白いのじゃないでしょうか。自分はとても面白く読みました。

その分野のプロであるのだから当然ではあるだろうけれど、文章例として提示される古今東西の小説の豊富さにも感心しました。どんな職業でもその業種の基礎、古典、最新の動向というものはチェックしておかなければいけないだろうけど、やっぱり凄いですよねと感嘆するばかりです。

この本に書いてあることを全て頭に叩き込んでおれば人に読んでもらえる小説が書けるどころか、プロの作家にでも成れるのじゃないだろうかと思うのだけど、筒井先生はそれが全て頭に入っていて血肉となっていることを思うと、これまた愕然とするのでした。

マッドマックス サンダードーム

1985年、オーストラリア、ジョージ・ミラージョージ・オギルヴィー監督作

荒野を彷徨うマックスが辿り着いた場所は砂漠に生れた町バータータウン。そこでサンダードームと言われる檻の中での死闘に巻き込まれる。
言わずと知れたマッド・マックスシリーズ第三作。

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昔、観た時はピンとこなかったんです。偉大な前作『2』が素晴らし過ぎたので。
『FURY ROAD』を観た後に『MAD MAX2』は何回も観直したんですけど、『サンダードーム』も観直さないとなーと思いつつ放置してました。

で、観てみると『FURY ROAD』はやはり本作がなければ生れなかったのだなということを感じます。共通するモチーフが沢山あるのですよ。
冒頭から登場するバータータウンはイモータン・ジョーの砦そのものだし、女首領はイモータン・ジョー。彼女の手下の太った男は、人食い男爵と容貌が似ているし、砂漠の中の子供たちだけの村にいる白塗りの子供はウォーボーイズを思わせる。子供たちがどこかにある良い場所を求めているのは鉄馬の女たちだし、砂嵐のビジョンはそのまま『FURY ROAD』でも描かれています。『2』があって『サンダードーム』があって、それをmixして進化させたものが『FURY ROAD』だというのを強く感じます。

ただお話が少し盛り沢山なのでちょっと焦点がぼやける感じはあります。他にも、サンダードームでの死を賭けた戦いで敗者に情を示すとか、子供たちの為に戦うとか、悪役も今ひとつ悪に徹していなくて少し良い人感を醸し出したりして、全体的に殺伐さに欠けるんですよね。『2』の徹底的な無慈悲さ、ハードコアな感じが好きだっただけに、その点が当時も今も「大傑作」と云えないところでしょうか。

ただやはり、本作がなければ『FURY ROAD』は生まれなかったわけで、『怒りのデスロード』へ至る道への道標として大切な作品だと思います。

蛇足ですが、女首領の元にMAXが引き出された場面では盲目の男がBGMとしてサックスを奏でているんです。このシーン、ロシアの2013年のアレクセイ・ゲルマン監督『神々のたそがれ』を彷彿とさせます。『神々のたそがれ』は核戦争後の世界ではなく文明の発達していない異星でのお話でしたが、サックスを吹くシーンがあって、退廃的な文明の場所でモダンなサックスという楽器の音色が響くところはイメージが似てる気がします。でもゲルマン監督は本作は観てないかな。

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