懲役太郎 まむしの兄弟

1971年、日本、中島貞夫監督作

刑務所から出てきた兄貴分と再会した弟分は連れだって神戸の街へ繰り出すが、そこでは二組のヤクザ組織が対立していた。二人の義兄弟はその抗争に巻き込まれて行くことになる。

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この『まむしの兄弟』のシリーズは本作を起点として1975年まで続く人気シリーズとなる。兄貴分を演じるのは菅原文太、彼に付き従う忠実な弟分を川地民夫が演じていて、その自由奔放さと無法さのリズムが心地良い。
ただ、極道者の義兄弟が弱い者を助けたり強い相手に立ち向かったりするドラマというのは、1961年に勝新太郎田宮二郎の主演で始まった『悪名』シリーズがあるので、『悪名』の世界感を現代(70年代)で再現した作品であり、影響下にあるのは歴然だと思うが、『悪名』よりもコミカルな部分を強調した映画になっている。

菅原文太の主演映画ということに注目すると、1973年に『仁義なき戦い』シリーズが始まって、第五作『仁義なき戦い 完結編』が公開されたのが1974年、と『まむしの兄弟』シリーズが先に始まってその間に『仁義なき戦い』シリーズが始まって終わり、やがて『まむし』のシリーズも終わることになる。その後1975年に『トラック野郎』シリーズが始まることになる。『まむしの兄弟』は喜劇的な映画であるので、味わいとしては『トラック野郎』シリーズに近いノリがあって、そう思えば、菅原文太は喜劇『まむしの兄弟』を演じつつ、シリアスな実録映画『仁義なき戦い』を演じ、やがて『トラック野郎』という喜劇に回帰すると言えなくもない。とにかく特段の映画スターだったのは言うまでもない。

本作の脚本は高田宏治で、『仁義なき戦い』の脚本家である笠原和夫の後を継いで『新・仁義なき戦い』やその後の『北陸代理戦争』などの脚本を手掛けている人だが、『映画の奈落』という『北陸代理戦争』製作の舞台裏を取材した書籍によると、笠原和夫を超える為に非常に苦労したということが書かれている。しかし、それ以前に『まむしの兄弟』というヒット作を送り出していたのなら、それほど悩まなくても良かったのではないかとも思うが、その辺りは『映画の奈落』には書かれていなかったように思う。どういう繋がりと心境があったのか少し不思議な感じがある。

もう少し映画史的なことを書くと、日活アクションシリーズが1950年代から60年代後半まであって、その代わりにこういう映画たちが興ってきたのだろうな、とも思う。あと高倉健任侠映画とか。

こういうの誰か映画関係者がきっちり日本映画史としてきちんとまとめてくれないかと思う。全部繋がってるもので影響を受けたり与えたりして日本映画は進化したのだと思うから。

 

フォードVSフェラーリ

2020年、米国、ジェームズ・マンゴールド監督作

スポーツカーの生産を目論むフォードは、フェラーリを買収しようとするが、エンツォ・フェラーリに「醜い工場で醜い車を作っていろ」と一蹴される。
怒ったフォードは、ル・マン24時間レースでフェラーリに勝つことを目標として、そのレースで勝利した経験を持つシェルビーを雇い入れ、シェルビーは凄腕のレーサー、ケン・マイルズをドライバーとして勧誘する。
かくしてシェルビーとマイルズたちは、フォードGTを開発しル・マンでの優勝を目指すのだが。

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良い雰囲気の映画だった。主役のシェルビーを演じるマット・デイモンとドライバー、クリスチャン・ベイルは言うに及ばず、その他の登場人物たちの殆どに好感が持てる映画だった。

スポーツカーを開発してフェラーリに勝つという目標の中ではフェラーリこそが敵で打ち負かす相手だけれど、敵はフォード社内にもいて、副社長が主役の二人を自分の意に沿うよう動かそうとする。でも二人はなかなか言う事を聞かない。副社長の人物造形は、組織を統括する人間の傲慢さを描いていて、そういう人間にストレスを感じたことがある人は多いはず。

ル・マン耐久レースの終盤、フェラーリに勝利することが確定したフォードは1,2,3位を独占するだけでなく、1位で走っていたマイルズに速度を落とさせて3台同時にゴールインして見せろとこれまた副社長が無理な注文を出す。ドライバーのマイルズはこれに従わないかのようだったが結局スピードを緩めて3台並んでゴールインするが規定で一位にはなれなかった。
この場面は副社長に屈したようでいて歯がゆいようにも思うが、マイルズは実質的な目標には達したのだからそれでいいのだ、という諦めのようなものがあって、苦いけれど大人の結末だなと思う。
それと映画『ミッドナイト・ラン』は、賞金稼ぎの男が犯人を見つけて時間までにLAまで連れて帰ってくる話だったけれど、時間までに連れて帰ってこれたという目標は果たしたのだから、と空港で犯人を逃がしてしまう結末だった。あれを思い出した。

主役の二人以外にも、マイルズの妻を演じたカトリーナ・バルフは夫を献身的に支えながらも肝っ玉のある女性を演じていてとても素敵だった。また、シェルビーのチーフメカニックであるフィル・レミントンを演じたレイ・マッキノンも頼りになる男で素晴らしかった。

嫌な奴はきっちり嫌な奴で、良い人はその所作、振る舞いで好人物であることが滲み出るような登場人物たちで、映画を観ている間気分が良かったのでした。レースの場面も格好良かったし。

 

Cancellar X/石上和也

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関西の電子音響、ノイズ周辺で名前を見聞きしたことのある石上和也氏のアルバム。
音はダーク・アンビエントというかノイズ混じりの電子音響。
リズムもメロディもないこのような音楽をなぜ聴くのかと言われれば、それを聴くことでリズムやメロディがある音楽では味わえない感情が湧きあがるのを期待して、という他ない。リズムもメロディも感情を揺さぶる道具として洗練されていて、このリズムであればこんな感覚を得やすい、とか、このメロディはこんな感情を想起し易いとか、そういう風に定型や方程式と言わないまでも、ある程度の型というものがある。ドラムンベースのリズムを聴いた時と民謡の歌を聴いた時とは全く違う感情が湧き起こるもので、それは誰しも否めない。
それなら、全く違う情感を味わいたい場合にどうするかと言えば、実験的で先鋭的な音楽を探し求めるしかないだろう。それが言葉にできない情感だったとしても。

一時期、石上氏はネトウヨ的な文言をtwitterで吐いていたけれど、その後どうなったのだろうか。

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ひみつ/スカート

 

ひみつ [KCZK-005]

ひみつ [KCZK-005]

  • アーティスト:スカート
  • 出版社/メーカー: カチュカ・サウンズ
  • 発売日: 2013/03/03
  • メディア: CD
 

澤部渡によるスカート、2013年のインディー盤。
最初に聴いた時には「なんだか物足りない気がする」という感想だったけれど、何度も聴いている内にどの楽曲も好きになってくる。不思議。
ロックというよりポップス、それも良質の。何度もしがんで味が出るタイプの。

お気に入りの盤はスマホに取り込んでおきたいがiTunesが全くいうこときいてくれない。なんなん?

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パラサイト 半地下の家族

2020年、韓国、ポン・ジュノ監督作

半地下の部屋に住む家族は、内職くらいの仕事しかなく貧しい生活を送っていた。長男が裕福な一家の家庭教師に経歴を偽って採用されたことから、妹は美術の家庭教師、父親は運転手、母親は家政婦になって潜り込むことになる。

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冒頭からは、金持ち一家に嘘をついて仕事を得る貧乏家族の話として可笑しいが、中盤から一転して恐ろしい話になって<パラサイト>という映画のタイトルが現すように寄生の話になる。それ以上はネタバレになるから書けないけれど。

中盤の大雨の場面がとても美しい。金持ちの家から逃げ出す貧乏家族の面々が、山の手の高級住宅地から低地の貧民街まで坂を階段を掛け下る。それと一緒に雨水は低地に流れ半地下の家は水浸しになる。雨と濁った水と貧しい街並みが美しくて、美麗なものだけが美しいわけではないことを知らしめている。セット撮影らしいが、町が飲み込まれるような迫力があった。そして丘の上では何の影響もないというところに歴然とした貧富の差が表現されていると思う。

韓国映画はごちゃごちゃした街並みの場面にとても郷愁を感じる部分があるなあと思いました。