その昔、N市では/マリー・ルイーゼ・カシュニッツ 著

ドイツの女流作家カシュニッツの短編集。

 

奇妙な短編が並んでいる。
部屋を女学生に貸した老婆が段々と家の中で居場所を失っていく話や、妹を港に送っていったが間違って違う船に乗せてしまい、彼女からの手紙にも不確かな事ばかりが綴られている話や、長男の婚約を諦めさせようと家族が画策する電話の会話だけで綴られる話など。結末が腑に落ちるものもあるし、不思議な雰囲気だけ残して終わる話もある。何れにしても明確な落とし所が提示されるわけではなく、靄の中にいるような感覚に陥る。

小説を読んでいると結末に驚きや解決を期待するが、そういうものが提示されなくても、それはそれでよい。読んでいる間の味わいが楽しめればそれで良いと思える。事件があって犯人が判明したり、何かしらの謎があってその原因が明かされたりすれば分りやすい面白さがあるだろうが、そうでなくてもいい。

音楽でもコードやリズム、気に入ったメロディーがあるような音楽は分かりやすいし、ボーカルがいて歌詞があれば尚のことだろう。でも、そんなものが何もない音楽もある。即興音楽や、環境音や録音物を編集して作り上げたミュージック・コンクレートだとか。そういうものを聞き慣れない人にはただ滅茶苦茶で音楽だと思えないのかも知れないが、分かりやすい楽曲だけが音楽ではない。小説にもそういうことはあるだろうと思う。

著者のカシュニッツは1901年生まれ、1974年没のドイツの作家。何も知らずに読み始めたが、どの国のいつの時代の情景を思い浮かべればいいのか全く分からなかった。何事もあまり先入観を持たないように接したいと思っているが、それくらいの前知識は必要ということだろうなと思うと共に、ドイツの小説ってどこか固い肌触りがあるなとも思ったが、ドイツという国に対する先入観がそう思わせているのかも知れないとも思った。