テロリズムとは何か/小林良樹 著
元警察官僚の著者によるテロリズムの研究と解説の書。
画像は自分の本棚から。
黄色い本『WAVE14 テロ 完全イエローブック』は1987年刊行の本で、当時のテロリズム、テロ組織が網羅された本。
『いま君に牙はあるか』と『獄中十八年』は、右翼民族派の論客、野村秋介の著作。彼は1963年の河野一郎邸焼き討ち事件、1977年の経団連襲撃事件を起こした右翼テロの人でもある。最期は1993年に朝日新聞社内で抗議の自決で亡くなった。『激しき雪』はその野村秋介の評伝。
『狼煙を見よ』は、極左テロ組織であった東アジア反日武装線について書かれた本。1974年に彼らが起こした三菱重工爆破事件は日本のテロリズムを語る上で必ず引き合いに出されるテロ事件だった。頁の間に「梅田・阪急 古書の町」という紙片が入っていたので阪急梅田駅下の古書街・かっぱ横丁で購入したものだろう。
『アンダーグラウンド』は、1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件による被害者にインタビューしたものをまとめた書籍。
他には、日本でも左翼過激派が勃興した時代の連合赤軍や日本赤軍などの書籍、パレスチナゲリラに関する書籍なども読んだが、もう手元にない。引っ越しをすると本というものは散逸してしまうものだなと思う。
そんな風に、昔からテロ、テロリズムというものに興味/関心があった。
この本『テロリズムとは何か』を読み始めたのは、安倍晋三銃撃事件の後になってからで、テロとテロリズムに関してあちこちで議論されている時期だった。ちなみに本書の刊行は2020年。
よく、この事件はテロかテロでないのか、といった議論があるが、先ず言葉の定義をしてからその話を始めるべきでは?と思っていたが、テロという言葉の定義には定まったものがないということが本書に書かれている。そこで色んな語義に共通して含まれている要素として以下が挙げられている。
・政治的な動機
・恐怖の拡散
・違法な暴力あるいは暴力による威嚇
ある事件がテロか否かという議論をするならば最低限このくらいの共通理解は必要じゃないだろうか。
安倍晋三銃撃事件は、犯人に「政治的な動機」が明確にあったのかどうかは分からないが、多少なりとも問題定義として注目されることは予想していたような節がある。「恐怖の拡散」は安倍晋三という無名でない人物を標的に選んだ時点で、意志としてあったかどうかは分からないが予想はされたことだろう。
「違法な暴力による威嚇」はその通り。
極左や極右の政治テロや宗派対立などの宗教テロのように明確な犯行声明があるわけでもなく、ローン・ウルフと言える単独犯で、明確に上記の3つの条件にあてはまるとは言えないけれど、概ね当てはまるとも言える。ここら辺りがこの事件をテロか否かに判別する微妙な点になっている気がする。
本書は元警察官僚の著した書籍なので、テロの防止/抑止ということにも大きく頁が割かれている。それは、テロを未然に防止する体制作りや、治安機関の充実といった政府側の諸政策に始まり、警備体制の見直しといった具体的な問題まである。
その中に、そもそもテロリストを生まないためにはどうすればいいかも書かれている。「社会レベルの問題に着目した施策」という項では
社会レベルの問題に着目した施策とは、テロの背景にあるとみられる社会的な不満などの軽減・解消を目的とする諸政策です。これらの諸政策は必ずしも「狭義のテロ未然防止策」には含まれず、対外的には外交政策、国内的には社会政策(福祉、教育、雇用等)の分野に含まれる場合が一般的です。
(中略)
国内的には、社会の差別、分断等の解消に向けた諸政策がみられます。
とある。
つまり社会不満などがない安定した世の中であれば、そもそもテロリストは生まれない、ということが書いてあるが、当たり前だと言えばそうだ。市民が誰しも世の中に強い不満を抱くことなく暮らせるのならばテロのような凶行に及ぶこともない。
つまりテロリズムの要因となった社会不安を取り除くことは、模倣犯の発生を防ぐ抑止力になる。
安倍晋三銃撃事件の後に識者たちは「テロリストの主張に耳を傾けることは新たなテロに正当性を与えることになる」と言って、マスコミが統一協会問題をマスコミが取り上げるのも、市民がそれに関心を持つことも抑えようとしてきた。この言い分は定型文として間違ってはいない。
けれど山上の事件は複雑で、山上は犯罪を犯すことで、ある主張を世間に広めようとしたのか、そうでなくただの怨恨であったのかは、どちらもありそうだが、政治的な目的はあるようで実は怨恨であり、その背景にあるのは宗教で、しかし宗教の問題だけでなく政界の問題にも発展している。これは、本書のようなテロリズム研究の分類から言っても多義的で曖昧な側面があり、簡単に類別できない。そのようなことに定型文でしか応えられないのならば学者や知識人たちは応用問題に対する解答力がないと判断するしかないだろう。
また、識者たちが市民の意見を抑えつけようとしていたのは、それこそ分断を生むことになり、テロ抑止からも真反対のことを主張している。「テロリストの主張に耳を傾けるな」と言ったコメンテーターを統一協会シンパだと決めつけるような単純さは愚かでしかないが、そんなことしか言えない識者たちも愚か者だとしか言えない。そのような人が沢山あぶり出された事件だったとも思う。
元警察官僚の著者が著した書籍ということで政府側からの見方が羅列されていると思われるかも知れないが、テロリズム研究の成果を広範にわかり易く紹介してくれる本として大変参考になった。