教育と愛国

2022年、日本、斉加尚代 監督作。

近年の政治が教育に介入する様を丹念に取材して記録したドキュメンタリー映画

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映画の冒頭はクイズで始まる。

礼儀正しい挨拶は次の内どれでしょうか?

①「おはようございます」といいながらおじぎをする。

②「おはようございます」といったあとでおじぎをする。

③おじぎのあと「おはようございます」という。

小学校2年生の道徳の教科書からの抜粋。正解とされるのは②らしい。

これを見てどう思うだろうか。最初の感想は「どれでもいいやん」だった。それと、不文律であるものを明文化してしまう危うさ。マナー講師と呼ばれる人たちへの小さな嫌悪感も思い出される。

次に提示されるのはこんなエピソード。

道徳の教科書にあった、子供が地元のパン屋さんで買い物をして自分の町に愛着を持つと、いう逸話が教科書検定によってパン屋が和菓子屋に変更された。「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」に照らして扱いが不適切、とされたらしい。

パンというのは1543年に西洋から日本に入ってきたらしい。

山崎製パン | 知る・楽しむ | パンの歴史館 | 3 鉄砲とともに日本へやってきたパン

16世紀からあるものを日本の文化でないとして「国や郷土を愛する態度」にそぐわないとし、つまりは愛国的でないとするならば、自称愛国者は自動車に乗るな。ガソリン自動車の誕生は19世紀だぞ。電車にも乗るなよ。スマートフォンなんて最近だぞ。使うな。愛国的でないからな。お前たちの理屈で言えばそうなるのだから。

あいさつのクイズもパン屋のエピソードも、どちらも笑い話で済みそうなことではある。くだらない。でも、そのくだらないことからじわじわと浸食が始まっている。

 

従軍慰安婦南京虐殺といった日本の加害の歴史を子どもたちにどう教えるのか、沖縄での集団自決をどんな風に伝えるのか、そういった事柄を教科書にどう載せるのかといった攻防が教科書を舞台に繰り広げられる、というか、政治が教育に介入する様がこの映画では描かれている。

歴史修正主義というものの話でもあるけれど、東大の歴史学者である伊藤隆氏のインタビューは恐ろしい。彼は、安倍晋三も推す育鵬社の教科書の執筆者で、日本の加害の歴史は抹殺してしまいという側に立っている。第一次安倍内閣によって教育基本法が改正され「愛国心」が盛り込まれたのも記憶に新しい。村上氏は、確かな実績を持つ学者の方ではあるが、こんなインタビューがあったので、少し引用する。

 

ー  育鵬社の教科書が目指すものは何になるわけですか?

伊藤「ちゃんとした日本人を作るっていうことでしょうね」

ー  ちゃんとしたというのは?

伊藤 「左翼ではない。昔からの伝統を引き継いできた日本人、それを後に引き継いでいく日本人。今の政府のかなりの部分は左翼だと思いますけども。反日と言ってもいいかもしれませんね」

ー  歴史教育にいちばんに求められるものは?

伊藤「そうですね、イデオロギーに災いされない、ありのままの日本の姿を歴史的にですよ。日本の姿を僕は歴史学者ですから後世に伝えていくことだし、それは国民に教育されてるべきことだと思ってます」

ー 歴史から何を学ぶべきですか?

伊藤「学ぶ必要はないです」

ー それはかみ砕いて言っていただくと?

伊藤「たとえば、何を学ぶんですか…。あなたの仰っている学ぶって」

ー たとえば、日本がなぜ戦争に負けたか?

伊藤「それは弱かったからでしょう」

 

現代の保守や新保守、くだけた言葉で言うならばネトウヨ、そのような人たちに共通して見られるのは支離滅裂だと思う。言動に辻褄が合っていない。伊藤隆のような立派な学者をネトウヨ扱いするのは気が引けるけれど、でもこのインタビューひとつとっても滅茶苦茶な感がある。

ちゃんとした日本人とは左翼でないと言う。

文部科学省のHP、『教育委員会制度について』では「教育委員会制度の意義/政治的中立性の確保」として

個人の精神的な価値の形成を目指して行われる教育においては、その内容は、中立公正であることは極めて重要。
 このため、教育行政の執行に当たっても、個人的な価値判断や特定の党派的影響力から中立性を確保することが必要。

教育委員会制度について:文部科学省

としている。政治的中立性を根幹から理解していない人間が教科書を執筆しているこの矛盾。

歴史から学ぶ必要はない、とも言う。

だったら歴史教科書に何を載せるのかといった闘いは不要ではないだろうか。彼の主張を源に行動すべきだとしたら、歴史という科目を教育から除外する運動を起こすべきではないだろうか。教科書の執筆なんてしてる場合じゃないのでは?

さっき言ったことも忘れてしまって矛盾している。自分のこれまでの行動と今言ってることに齟齬がある。でも彼らは気にしない。支離滅裂でも構わないと思っている。
なんでこんな風になってしまうのだろうか。伊藤氏は近現代史歴史学者で、右翼の大物でもある笹川良一の評伝も著しているが、研究対象に食われてしまったのだろうか。

ついこの前に野村秋介の評伝を読んだ。彼は新右翼の思想家という立場で、その主張に全面的には賛同できかねるけれど、芯は通っている。彼の中で矛盾はない。その辺りに人間的な魅力があり、信用できる人物だと思えるものがある。そして自身の思想を証明するために自分の命を捧げた人でもある。選挙の期間中には「命がけで」なんて言葉が候補者の街宣車からはしょっちゅう聞かれるけれど、野村秋介という人を見習って欲しい。ネトウヨ野村秋介の本を一冊くらい読めばいいのに。読まないだろうけれど。

本当に腹の立つことばかりが描かれている映画。でも良い映画だった。MBS毎日放送)という在阪のテレビ局が制作したものだということも心強い。関西では維新べったりの報道が成されていると言われているから。テレビを見ないのでよく知らないけど。