つつがない生活/INA

若き著者[二十代・新婚・自営業・パンクス]が描く、他者と共に生きる暮らしの記録。

 

どうやらジュンク堂書店リイド社と結託しているらしく、漫画のコーナーには『死都調布』だとかを堂々と陳列していて、いやでも目に入る。目に入るということなら『鬼滅の刃』も『チェンソーマン』も同じように視界に入ってくるけれど、それらではなく、この本を手にとってレジに持っていってしまうのは、アンテナが何かを受信したのでしょう。

冒頭を読み始めた時に、これは比較的幸福な生活を描いたつげ義春なのではないかと思った。なんだか主人公の姿が『無能の人』とか、あの辺りのつげ漫画に似ている気がしたのと、あまり裕福ではない夫婦のお話なのだろうかと思って。つげ義春の漫画にはそのようなお話が幾つもあるので。

トーチweb『つつがない生活』http://to-ti.in/product/tsutsukatsu


読み進めるとその感想が間違っていることに気付く。つげ義春のような夢も希望もないようなお話ではなく、小さな不幸はあるものの小さな幸福も描かれているから。でも、つげ義春の漫画にも幸福はあったかも。
人にこの漫画を勧めるとして「日常系ほのぼの漫画」と言ってしまうと色んな部分を逃してしまう気がする。日常を描いていて、確かにほのぼのする場面もあるけれど、新婚旅行の話もあるし、バンドのアメリカツアーの話もある。クスッと笑える場面もある。奥さんのやっちゃった顔なんかちょっと憎たらしいけれど可笑しい。
そして、そのどれにもなんとも言えない空気感が漂っていて、それが心地良い。

先頃、ShortNoteというWebサイトがサービスを終了した。エッセイ投稿サイトというもので、ユーザーが日々の生活で起こったことや思ったことを書きつけるというものだった。このサイトはエッセイに特化したサイトで、文字数制限のないTwitterのような感じでもあった。ユーザー数はTwitterのように巨大ではなく、全ての投稿を読んでしまえるほどのものでしかなかったけれど。
厳しい風紀委員がいたわけでもないのに、激しい口論や論争が起きたこともなく、それでも共通の話題で盛り上がることなどもあって和やかな雰囲気があり、仕事上で思ったこと、ちょっとした失敗、恋愛について、家族のこと、今日何を食べたとか、そういう日常の細々としたことが記述されていて、それをつらつらと読むのは意外と楽しく、また文章の上手い人も多かったように思う。

非日常の物語に惹かれることは多くて、そういうものに憧れる気持ちもあるけれど、やはり日常を愛して生きていかないとだめなのだと思う。
自己嫌悪に陥って自分が嫌いになると生きていく気力も失われてしまうように、繰り返しのこまごまとした生活のあれやこれやを楽しんでいかないと毎日が辛くなってしまう。ShortNoteを読んでいた頃にそんな気持ちになったし、『つつがない生活』を読んだ今も、もう一度そんなことを思っている。

 

 

著者はMILKというハードコアバンドのメンバーであるらしい。ああ、最近のパンクやハードコアになんと疎くなってしまったことか。

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