日本侠客伝

1964年、日本、マキノ雅弘監督作

明治から大正の深川が舞台。運送業を営む木場政組はライバルの沖山組に仕事を奪われていた。兵役から帰ってきた長吉(高倉健)は組を任されていたが、沖山組は汚い手を使って仕事を得ていた。組の客分が無残に殺されたことから長吉は沖山組に殴り込みをかける。

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所謂、任侠映画というもので、後に11作ものシリーズが作られる最初の作品。
この時代を見てみると
1963年、鶴田浩二主演『人生劇場 飛車角』
1964年、鶴田浩二主演『博徒
1965年、高倉健主演『網走番外地
1965年、高倉健主演『昭和残侠伝』
と、後に続編が作り続けられシリーズ化される映画の最初の1作がこの時代に集中して公開されている。任侠映画、ヤクザ映画という呼称は、作品の作られた年代と描かれる時代によって区別されているようだが、この辺りの映画史的なことはもう少し勉強したい感じがする。

1964年の映画というと今から50年以上も昔の映画なので、現代の映画とは随分違う。何よりも物語の進むテンポがゆったりしていて、あまり多くの事柄を描こうとしておらず、とてもシンプルに見える。でもその緩さが逆に心地良く、現代の映画は情報量が過多なのではないかと逆に思ってしまう。

任侠映画、ヤクザ映画というものだけれど、主人公たちは一応正業を商っていて、彼等をヤクザと呼べるのかという感じもある。
舞台となる木場政組は運送業とあるが、荷馬車や労役負たちを束ねて売り上げの2割をとるという商売をしていて、いわゆる人夫を手配する仕事をしている。日雇い労働者を束ねるようなそういう仕事をヤクザがすることは昔からあるが、現代でいえば人材派遣や重層的な下請け構造の中で中間搾取をする企業そのもので、現代人の感覚から言えばヤクザの仕事とは言えない。でも本当は、ヤクザがするような仕事を企業が真っ当な顔をしてやっているということだと思う。
終盤で高倉健は、自分達がそのような商いをしていることを白状し、組を解散することを宣言するが、これはヤクザ的仕事を辞めるという清々しさがある。

敵である沖山組にしても映画の中でやっているのは、廉価な価格を提示して顧客を囲い込み、市場を独占して同業者をつぶしておいてから価格を吊り上げるということをしていて、これが商売の仁義に反するという描き方だが、これもある種の人々には「どこが悪いの?」と言われそうだ。

家屋の中の日本間などが広々としていて映画の中の世界が広く感じられる。街路の場面でも高い建物がないせいか空が広く、これも画面が広く感じられる。
映画は、画面という窓を通して映画内の世界を覗き見るものだけれど、昔の映画の方が大きな窓から世界を覗きこんでいるような気になるのは不思議な感じがする。