明るい夜にでかけて/佐藤多佳子 著

トラブルを抱え大学を休学し、生活をリセットする為に親元から離れて深夜のコンビニで働く主人公の男子は深夜ラジオのファンで、かつてはちょっと名の知れたハガキ職人だった。彼の元へ同じく深夜ラジオ好きの級友や風変わりな女子高生、ニコニコ動画で歌を披露するコンビニバイトの先輩が集まって来る。 

明るい夜に出かけて

明るい夜に出かけて

 

 高校生から20代中盤までの男子や女子を描いた小説で青春小説といって良いものだと思います。佐藤多佳子さんの作品はどれも悪人がでてこない小説で本作もその通り。読んでいる間ずっと楽しいです。

アルコ&ピースオールナイトニッポンという深夜ラジオを軸に話は展開していきます。女子高生はその番組で強者の葉書職人。滅多に貰えない番組ノベルティーを彼女が持っているのをみつけて主人公はつい話しかけてしまったり、自分のラジオネームを明かしてしまったりする。そんな風に物語は進んでいく。
読んでいて具体的な番組名が出てくるのってどうなのだろう、と思っていたけれどこれはこれでいいのじゃないかと思えました。普遍的な物語にしようとすればそれらしい架空の番組を設定するのだろうけれど、実在の番組名を使うことで今現在を描いている感じがする。他にも、LINEで連絡を取り合ったり、ニコ動で生放送をする場面があったり、現代の若者の習俗を描いていると思う。現代をきっちり描くことで時代の記録になるわけだし。
明治、大正時代の小説を読んでいても時代を意識して読むわけだから、この小説も2010年代のお話だと意識して読むことでその時代を感じる資料的な価値もあるのじゃないだろうか。

一昔前にはラジオって小さな交流の場所だったと思う。葉書を送り、それが読まれたりすることでなんだか番組のリスナー同志で仲間意識が芽生えたりする感じ。番組のイベントとかもあって大いに盛り上がったりして。でも今はインターネットとスマホの時代でSNSがあってラジオはそういう求心力を持っていない。それを今の時代の物語として深夜ラジオとSNSと現実での交流にまとめあげたのは目の付けどころが凄いのじゃないかな。佐藤多佳子さんの小説は『しゃべれどもしゃべれども』では落語、『神様のくれた指』ではスリ、『一瞬の風になれ』では陸上の短距離走、と少し人がとりあげない題材を起点にそこにる若者たちの機微を描いていてどれも素晴らしいです。

読んでる間ずっと心地良く、家に帰ればまたあの本の続きが読める、と楽しみになるようなそんな小説でした。佐藤多佳子さんの作品はどれも読後感といわず読中感がとても良いです。