野火/大岡昇平 著

太平洋戦争のフィリピン戦線において飢えと孤独の中で生き延びようとする兵士の物語。

野火 (新潮文庫)

野火 (新潮文庫)

 

 塚本晋也監督作の映画『野火』から市川崑版を観て、原作小説へと遡って観て読んできました。

映画を先に観ているので、本作を読んでその情景を思い浮かべるのに映画の場面が想起されるのは仕方ない。けれど、文章で執拗に描かれる島の自然描写が重く暗くのしかかってきて、映像で見せられるのとは別の重厚さと陰鬱さを感じる。果たして映画を観る前に読んだなら自分はどんな情景を思い浮かべたのか、思い浮かべることが出来たのかと思ってしまう。
人物についても小さなエピソードや会話から映画とはまた違った印象があった。人物の造形というものは見た目の印象で感覚的に察知するというのが視覚的だけれど、その人の来歴などを知ると見方が微妙に変化する。映画は前者に優位で、小説は後者が可能なのだと感じた。
戦場での飢えとそれに纏わる恐ろしい行為というテーマがあるのですが、飢えという感覚を描くのには遥かに小説は長けていると思いました。読んでると、最後はあんなものでも食わないと仕方ないかとも思えてくる。読んでる最中は喉を刺激される感じでした。

全体的に、映像というのは衝撃力や驚きを提供するのには長けていて、小説というものはもっと心に染み込んでいくような緩やかな作用があるものだなと、映画とその原作小説に接してみて思うのでした。

 

主人公が戦後、復員して精神病院に入院している場面での一節は今の時代にも通用しそうな文章だったので引用しておきます。

“この田舎にも朝夕に配られて来る新聞紙の報道は、私の欲しないこと、つまり戦争をさせようとしているらしい。現代の戦争を操る少数の諸君は、それが利益なのだから別として、再び彼らに欺されたいらしい人達を私は理解出来ない。恐らく彼等は私が比島の山中で遇ったような目に遇うほかはあるまい。その時彼等は思い知るであろう。戦争を知らない人間は、半分は子供である。”