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七人の侍

映画

1954年、日本、黒澤明監督

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『午前十時の映画祭』( 午前十時の映画祭7 デジタルで甦る永遠の名作 )で上映中だったので観てきました。朝の十時からこんな大作映画って朝ご飯にステーキみたいでヘビー過ぎないだろうかと思ってましたが、映画が始まるとやっぱり引き込まれますね。何度も見ているけど今回気付いたことを。

台詞が凄く聞きとり難い。こんなだったっけ、という感じ。日本語字幕入れてもいいんじゃないだろうか。

最年少の武士、勝四郎(木村功)が子供だと言われる場面が何度もあって、今まではそう思わなかったのだけど、今回見ると木の枝をもいで持ち歩いたり草に寝転んだりする場面を見て「あーやっぱり子供だなあ」と思ってしまった。

村の入り口で三人の武士が森の向こうを見つめながら同時に刀を抜くという場面が強く印象に残っていて、予告編にもあるんだけど、それがどこだったか分からなかった。バージョン違いなのか、あったけど見落していたのか。

菊千代(三船敏郎)が死んで横たわっている場面で、泥にまみれた太腿に雨粒が落ちてまだらになっている場面が非常に印象に残った。無残さ無念さ、残酷さが伝わる場面でした。

全体的に風、雨、泥と清潔で心地よい空間が殆ど出て来ない。登場人物の着物も皆くたびれていて美しいという感覚とはほど遠い。戦乱の時代の農民、浪人、野武士のお話なので当然といえば当然なのだけれど、それが良いんです。
少し前に『闇金ウシジマ君』の映画を観たんだけど、清潔過ぎるんですよね。もっと現代の汚い部分を描く映画じゃないの?と思って。唯一、黒沢あすかの出演シーンが薄汚くてリアルに感じられた以外は、これじゃ原作の魅力がでてないとしか思えなかった。
今時のテレビドラマなんかもそうでしょう?煙草を吸うシーンも描けないなんてそんなのリアルじゃない。小奇麗で清潔で快適な空間や場面しか描けないなんて現実的じゃないし、現代を描けてない。
汚いもの、醜いものは現実にあるのに、それを覆い隠して居心地の良い快適な場所や物事しか描けないなんて片手落ちでしょう。子供番組ならわざわざ子供に見せるべきでないものはあると思うけれど、大人の見る映画やドラマでそんなのってどうなのよ。そういうものが映るだけで不快感をもよおしたり見なくなったりするんだろうか。
汚いもの、醜いものは一切見たくない、快適で心地良い美しい可愛いものしか見たくないなんて幼稚化してるんじゃないだろうか。

年配のお客さんが多かったけど、若い人も結構いて人気のほどが窺えました。映画館で見るとやはり大迫力で色々発見もあるなと再確認したのでした。