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マッドマックス サンダードーム

1985年、オーストラリア、ジョージ・ミラージョージ・オギルヴィー監督作

荒野を彷徨うマックスが辿り着いた場所は砂漠に生れた町バータータウン。そこでサンダードームと言われる檻の中での死闘に巻き込まれる。
言わずと知れたマッド・マックスシリーズ第三作。

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昔、観た時はピンとこなかったんです。偉大な前作『2』が素晴らし過ぎたので。
『FURY ROAD』を観た後に『MAD MAX2』は何回も観直したんですけど、『サンダードーム』も観直さないとなーと思いつつ放置してました。

で、観てみると『FURY ROAD』はやはり本作がなければ生れなかったのだなということを感じます。共通するモチーフが沢山あるのですよ。
冒頭から登場するバータータウンはイモータン・ジョーの砦そのものだし、女首領はイモータン・ジョー。彼女の手下の太った男は、人食い男爵と容貌が似ているし、砂漠の中の子供たちだけの村にいる白塗りの子供はウォーボーイズを思わせる。子供たちがどこかにある良い場所を求めているのは鉄馬の女たちだし、砂嵐のビジョンはそのまま『FURY ROAD』でも描かれています。『2』があって『サンダードーム』があって、それをmixして進化させたものが『FURY ROAD』だというのを強く感じます。

ただお話が少し盛り沢山なのでちょっと焦点がぼやける感じはあります。他にも、サンダードームでの死を賭けた戦いで敗者に情を示すとか、子供たちの為に戦うとか、悪役も今ひとつ悪に徹していなくて少し良い人感を醸し出したりして、全体的に殺伐さに欠けるんですよね。『2』の徹底的な無慈悲さ、ハードコアな感じが好きだっただけに、その点が当時も今も「大傑作」と云えないところでしょうか。

ただやはり、本作がなければ『FURY ROAD』は生まれなかったわけで、『怒りのデスロード』へ至る道への道標として大切な作品だと思います。

蛇足ですが、女首領の元にMAXが引き出された場面では盲目の男がBGMとしてサックスを奏でているんです。このシーン、ロシアの2013年のアレクセイ・ゲルマン監督『神々のたそがれ』を彷彿とさせます。『神々のたそがれ』は核戦争後の世界ではなく文明の発達していない異星でのお話でしたが、サックスを吹くシーンがあって、退廃的な文明の場所でモダンなサックスという楽器の音色が響くところはイメージが似てる気がします。でもゲルマン監督は本作は観てないかな。

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