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黒い迷宮: ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実/リチャード・ロイド・パリー 著

六本木で働く英国人ホステスが行方不明になった事件を描くノンフィクション。

黒い迷宮: ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実

黒い迷宮: ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実

 

 事件の概要は、元キャビンアテンダントで当時は六本木のクラブでホステスとして働いていた英国人女性が行方不明になり、容疑者として資産家の男が逮捕される。容疑者は被害者と失踪直前に会っており、彼のマンション近くで被害者の遺体も見つかった。容疑者は他にも外国人ホステスを自宅に誘い込み睡眠薬で眠らせて強姦に及んでいた、というもの。

犯罪実録物というのは恐ろしいのだけど、時々読んでしまう。でも本書は数多ある実録物と少し毛色が違って、英国人記者が見た日本での事件という視点だということがポイントだと思う。
本書の多くの頁は被害者の家族の行動を追うことに費やされていて、そこから日本の警察、マスコミ、六本木という街、クラブという風俗営業、裁判の進め方などが如何に日本独特のものか、英国とは違うかということが書かれている。それは東洋の不思議な国という視点でもあり、欧州に比べた特異性という視点でもある。英語圏の読者には興味を惹く視点なのだと思う。

犯罪ノンフィクションでは犯人の人格といったものが興味を惹くわけだけど、この犯人の特異性も凄まじい。そしてこの男が元在日韓国人(逮捕当時は帰化)であることで事情の複雑さが増す。日本における在日韓国人という出自をもつ者の事情というものも英語圏の読者には目新しい事実なのかも知れない。

それにしてもこの犯人の異常性が恐ろしい。余罪を含めて明らかに同じ手口で犯行を重ねているにも関わらずその犯行についてはしらを切り通すばかりか、適当なストーリーをでっちあげて抗弁するなど1ミリも反省していない。逃げ通すことしか考えていない。獄中から取材者への嫌がらせまで手配するという執拗さ。でも、この手の犯罪者の異常な性格というものは恐ろしいと共に興味を惹かれるのはなぜだろう。人間の精神というものがここまで歪むものかという極端な例だからだろうか。

この事件の犯人もそうだけど、色んな犯罪実録物を読むと犯罪者というものは、自分がやりたい事とそれに反するもの(法律だったり他者を傷付けること)を天秤にかけた時に自分がやりたいことの方に重きを置いてしまう人間だなと思う。強姦や殺人なんてその最たるものだと思うけど、よくある幼児虐待なんかで親が遊びに行って子供を放っておいて死なせてしまうなんていうのも、遊びたいという自分の欲と子供の世話をするという義務を天秤にかけた時に自分の欲望を充たす方向に走ってしまうということなんじゃないかと思う。我欲を充たすためなら他のことは犠牲にするという快楽主義的で利己的性格がそうさせるのじゃないだろうか。

犯罪ではなくとも、自己の欲求、目的を果たす為には規則を軽視したり周囲の人を軽んじたり巻き込んだりする人間というのは普通にいるもので、それは程度の差はあれ同じ方向性を持った心性じゃないかと思うんだけど、考え過ぎでしょうかね。