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MAD MAX 怒りのデスロード (メモ)

前回の投稿で、見る度に色々と発見がある映画になるような気がする、と書いて、早速ちょっと気付いたことがあるのでメモ的に。

映画を観た後の印象は、MAXは終始困り顔だったな、というもの。トム・ハーディの演技なのかジョージ・ミラーの演出ゆえなのか分からないけれど、複雑な顔をしていた印象がある。残酷にもなりきれないけれど、優しいだけでは生きていけない、人と関わるのにも関わるべきか離れるべきか葛藤している感じがした。自分以外に関わることについては決断しないし。後半の塩湖を渡ることをやめるのもMAXは進言しただけで、決めたのはフュリオサ達だった。他人に必要以上に干渉しないということは優しさの現れでもあると思うけど、そういったところからMAXが持ってる優しさみたなものが滲み出ているのかなと思っていた。

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上記の動画を見て気付いたのは、フュリオサは銃を奪って2回MAXを本気で殺そうとしている。ショットガンを撃つけど不発、拳銃を撃つけどMAXに避けられる。どちらも撃ち殺そうとして完全に急所を狙っているけれど失敗している。
逆にMAXがフュリオサを殺そうとした個所はない。生き残ることを最優先しているのだからMAXがフュリオサを殺そうとして失敗するというシーンが差し挟まれてもよさそうなものだけど、それはない。格闘の後も置き去りにするだけで直接手に掛けようとはしない。このシーンで女子供には手を出さないというMAXのもつ一種の優しさが印象づけられている気がする。

あと、女6VS男2の格闘で、片腕VS鎖というハンデマッチでもあるわけだけど、結果、男側が勝つわけで、体力、腕力的には男が優位なのだということも表しているのかなと。

映画は映像体験なので、その過程で観客に色んなことを印象付けて感情を揺さぶるわけで、考えて分かるのではなく感じることが優位だと思うけど、この映画は他にもよくよく見れば「あーそういうことなんだ」、「こういうことを現しているのか」と納得出来るシーンが積み重ねられているのだろうな、と思ったのでちょっと長い目のメモ。