この世にたやすい仕事はない/津村記久子 著

前職で仕事に燃え尽きて退職してしまった女性が、短い期間での少し風変わりな仕事を転々とするお話。

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)

 

主人公の女性が就く仕事は、
監視カメラの映像をモニターし続ける「みはりの仕事」
巡回バスの車内での音声広告を作る「バスのアナウンスのしごと」
おかきの袋裏に載せるちょっとした雑学知識を書く「おかきの袋裏のしごと」
街角の広報ポスターを貼り変える「路地を訪ねるしごと」
森林公園内で巡回と雑用をこなす「大きな森の小屋での簡単なしごと」
の5つ。

爆笑するというほどではないけれど、そこはかとなく可笑しいという風合いの小説で、こういうのは作者の人柄が滲みだすものなのではなかろうかと思いつつ読んだ。
中でも「おかきの袋のしごと」が面白かった。
菓子などのパッケージに短文で雑学が載っていて、食べる際に何の気なしに読んでしまうようなもの、それを書く仕事に主人公が就くのだけれど、前任者の選んだテーマは「世界の謎」や「国際ニュース豆ちしき」という普通のようでいて「世界の謎(17)ヴォイニッチ手稿」や「国際ニュース豆ちしき(89)プッシーライオット」とちょっとずれているのが面白い。そして主人公は新しいテーマを設定するのに悩み、おかきの工場で働く同僚の女性たちと軽口を交わしながらもそこでヒントを掴んでうまくいったりする。
新しいテーマの設定とその内容を書くという難しさは、自分がもしそんなことをやれと言われたら全く思い付かないだろうと思えることから想像できるけれど、作者は自分にそんなハードルを設定してクリアするところまでを考えてる。そして、前任者の仕事の可笑しさや、女性たちの会話の軽妙さといったものも、どれもこれも作者という一人の人間の中から出てきたものだと思うと小説家というのは改めて偉い仕事だなあと思う。

良い文章というものが未だによく分かっていないけれど、津村記久子さんの文章にはしなやかさと強さみたいなのを感じて、そういうものを感じさせるのが良い文章なのかと思うと共に、それが生み出されるのは文章技術というものよりも人柄みたいなものではないのかなみたいなことも思ったのでした。津村記久子さんがどういう人柄なのかは1ミリも知らないのですが。

レコード処分

レコードとCDを百数枚買い取って貰いました。梅田のDISK UNIONに持っていったのは初めて。
思っていたよりも多い買取価格を提示されたのも嬉しかったけれど、もっと嬉しかったのは、写真のようなリストをくれたのです。

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盤のコンディションと査定額を一覧にしたリスト。今までレコードCDを売って、こういうものを貰ったことなかった。リストを見ると、あの盤は意外と値打ちがあったのだなとか、あれって大事にしてたけどそんなものか、みたいなことが一目瞭然で、合計額にも納得がいくという。とてもありがたい。
あまり状態が良いと査定されたものが少なかったのはちょっと反省。もう少し大事に扱ってあげないとだめだ。

買って聴いたレコード、CDはずっと手元に置いておきたいけれど、場所もないし売れば幾らかのお金になるということもあって少しは処分する踏ん切りがついた。最近、片付けを指南する人である近藤麻理恵の本を読んだということもないではないけれど、なんとかしたいと思っている人があの手の本を手に取るわけで、近藤麻理恵に影響された、とは意地でも言いたくない。ちょっと背中を押された、くらいは悔しいけどある。

アリータ:バトル・エンジェル

2019年、米国、ロバート・ロドリゲス監督作

26世紀、300年前に大きな戦争があった世界では、空中に浮遊する都市ザレムと地上に暮らす人々がいた。ザレムから廃棄されたゴミの中から身体の機械化に使えそうな部品を探していた医者は、まだ生きているサイボーグ化された少女をみつけだした。しかし彼女は先の大戦に従軍した戦闘兵器だった。
ジェームズ・キャメロン製作、木城ゆきと原作、日本の漫画がハリウッドで映画化されたSF映画作品。

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原作は読んでないんです。なんとなく絵柄は知っているけれど原作の本質がどういうところにあるのかは知らないのです。
で、映画を観てどうだったかというと、結構身近な話なんじゃないかなと思いました。

人間が体の各部を義手や義足といった段階より何歩も進んで体を機械化しているという設定の世界で、クリストフ・ヴァルツが演じる医者は、庶民の体を採算度外視で修理しているような良い人です。そして、アリータを拾ってきて修復し、娘のように庇護します。彼女にアリータと名付けるのも医者の亡くなった娘の名前からでした。
その後の展開では、アリータは自分を修理して復活させてくれたことに対して医者に感謝はあるものの、自分が何者であるかを知りたいという動機から行動しようとしますが、危ないことをさせたいくないという医者にアリータが反発したり、それでもアリータのやることを手助けしたりします。
一方、医者に機械の部品を提供する若者がいて、彼はアリータを若者たちのグループに受け入れさせたりして良い青年ではあるものの、裏では体の部品を得るために機械化された人を襲って部品を強盗していたりします。でも彼にアリータは惹かれてしまうのです。

これって最初の方は、十代の娘に手を焼くお父さんの話で、後者は不良に惹かれてしまうティーンエイジャーの女子の話だなあと思いました。SF映画の皮をかぶった父娘の関係のお話。原作もこんな話なのだろうか。それともアメリカ映画だからこうなってるのだろうか。脚本のキャメロンが娘と関係がうまくいっていないからそれが投影されたみたいなことだったりしないだろうか。

SF的風呂敷は大々的に広げていてアクションシーンも凄い迫力があった。続編があるのだろうラストでしたが、次作でもファミリードラマ的なことをやるのか、それが正解なのかは分からないのです。

向日町競輪

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基本的にギャンブルはしないのです。ギャンブルで失う千円があれば欲しい物があるから。千円あれば中古レコードの安い物が1枚買える。音楽の海は果てしなくその全てを知ることはできないけれど一枚のレコードを買えばその一部分にだけでも触れることができる。だから千円でも失うわけにはいかない。そういう思考回路で生きてきました。つまらない奴だと言われるかもしれないけどそうやって暮らしてきたのです。

先日、梅田のディスクユニオンに行きました。あーゆー所に行けば、あれも欲しいこれも欲しいしかし財布にこれだけしか入っていないから厳選してあれとこれにしよう、という思考回路になるのですが、なんだか何も欲しくなかった。正確に言うならば欲しいとは思ったけれど、買って帰っても仕方ないのじゃないだろうか、みたいな気分になった。ビデオ屋に行ってはみたものの棚に並んだ沢山のディスクを前にして何も見たくなくなるような感じ。アクセルよりブレーキが勝ってる感じ。

たぶん気力が萎えてる。欲望が心の中から湧いてこない。心が元気じゃないからそうなる。
だったらどうすればいいのか。いっそのこと金を失えば焦る気持ちが湧いてきて何とかしなければならないと思うのかも。追い込まれれば気力がどうこうとか言ってられない。切羽詰まった時に底力が発揮されるかも。夏休みの宿題もそうやって乗りきってきたはず。ギャンブルとかどうなのか。

駅でスポーツ新聞を買って競輪の載っている中ほどを開き暗号のような誌面に暗澹たる気持ちになる。何も分からない。スマホで検索しつつ暗号文を解読していくが膨大な情報の一部しか分からない。インターネットに情報が溢れているなんて嘘。競輪面の読み方を誰も教えてくれない。
それでもなんとなく車券を買ってみる。そしてレースを見つめる。あの番号の人とあの番号の人に頑張って欲しいと思いながら。そう思うことで少しだけ気分が高揚する。当事者になって少しだけ関係している心持ちになる。

競輪選手はS級とA級に分かれていて、毎年S級下位とA級上位が入れ替わるそうです。しかしA級の選手でも1位を9連続で獲ると特進といってS級に上がれるらしい。
今日の向日町競輪、A級決勝の12Rに出場した小森貴大選手は8連勝中で、あと一勝でS級特進がかかっていたレースでした。そして見事1位入賞。レース後、女子競輪決勝で1位だった石井貴子選手と共に表彰式があり、まばらになった観客席のおっさん達から拍手とおめでとうの声が掛けられていた。

7つのレースに賭けて2つが当たった。結果プラス。ちょっと感動もした。なんだかしみじみと面白かった。こんな気分になるとは思わなかった。

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インタビューを受ける小森選手と石井選手

コンビニ人間/村田沙耶香 著

コンビニバイトの女性を主人公にした芥川賞受賞作。 

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

 

今『大日本帝国の興亡』という本を読んでる。文庫本だけど5巻もあって、太平洋戦争の開戦から終戦を記述するという一大戦記ノンフィクションなのだけど、読んでるともう本当にイライラする。海軍の威信、陸軍のメンツみたいなことで会議ばっかしている間にどんどん攻め込まれて、現場は補給も増援もないのに決戦を挑まされて、どんどん兵士が死に陣地は奪われ勢力圏は縮まっていく。本当にイライラする。アホか大日本帝国

そんなわけで読書によってストレスが溜まったのでストレス解消になるような何かが読みたかったのです。薄い本が良い。一晩で読み終えることができそうな薄い文庫本。なので本作『コンビニ人間』を手にとってみました。累計100万部ですって。

主人公の女性は、36歳独身のコンビニバイト。本人はその境遇に何の引け目も感じていないが、周囲の人たちが「その年で独身、それも正社員でなくアルバイト」という目を持っていることは知っている。なのでうまい言い訳も用意していたりする。そして成り行きで同じ勤め先をクビになった男を部屋に住まわせることで自分が<普通>と見られるようになり逆に<普通>と見られていなかったことを知るようになる、というお話です。

普通VSそうじゃない人、という対比で<普通>に疑問を投げかけるみたいなお話ですが、主人公は殆ど感情がないと言っていいような超人的な人格として描かれるので、一種のファンタジーのような味わいがある。なんだかリアルな現代の世界に妖精が紛れこんで、世の中が<普通>と思っていることに疑問を投げかけるみたいな。

主人公はコンビニで働くことに生活を最適化しているのだけれど、この辺りは殆どの働いている人は笑えないのではないだろうか。仕事を適当にやっている人もまあいますけど、殆どの人は結構真面目にやってる。というか頑張ってるし死力を尽くしているくらいでやっとこなせるという場面もある。
本作ではコンビニ店内の情景が鮮やかに描かれてその仕事の手順が主人公の脳内でシステマティックに思い起こされたりします。そういうことも職業人なら誰でもあると思う。あれはこうやってこうして何日あればなんとかなる、みたいなことを考えるような。そういう意味では殆どの人が営業人間だったり技術部人間だったり電気工事人間だったりすると思います。三木谷は楽天人間だったり柳井はユニクロ人間でもあります。
職業的視点というものが誰にでもあってそれがこの小説ではコンビニで、それはあるあるなので多くの人に読まれる小説なのかな、みたいなことを思ったりもしました。妙な読後感があって不思議な小説でした。