アベノミクスによろしく/明石順平 著

アベノミクスに関する批判的解説本。 

 
残念ながら経済に関する文章を読んでその真偽を判断する能力がない。経済評論家などのお話を聞いてもそれが理論的におかしいとか現状認識が間違っている、なんて判断を下すことができない。なので彼等の話はどれもこれも尤もらしく聞こえてしまう。
ニュースで「年金の運用益が数兆円」と伝えられれば「へーそうなのか」と思う程度でしかない。

本書はアベノミクスと言われる現在の政権の経済政策に対して批判的な内容の本です。前述のように経済の話の真偽を見極める眼力がないので本書の内容を鵜呑みしてよいものかという思いもある。しかしここに書かれていることが本当ならちょっと恐ろしいですよね、という感じがする。

年金の運用については、運用先の比率が変更され日本株での運用が大きく拡大されたことが書いてある。これによって公金が株式市場に大きく流れ込み、現在のような株価に押し上げたことが解説されている。
運用益についても買い付けた時の価格よりも株価が上がったことによる含み益であり、その株を売却して利益が確定したものではないことが書いてある。
そしてGDPについても算出方法が改定されたことにより数値がよく見えるだけで実質的にはそれほど上がっていないということらしい。全部知らなかった。

ここに書かれていることはどのくらい本当なのだろうか。経済評論家という人達の言うことは誰も彼も己の立場から発言しているように見えて信用できない。しかしこのような政策を続けていても買った株はいつかは売らなければ利益は確定しないし、売却すれば株価を押し上げていた公金が市場から去り株価は下がるのではないだろうか。そんなことはないのだろうか。
もしここに書かれていることが本当なら現政権の後始末なんて誰もしたがらないのではないだろうか。安倍総理が長く政権を維持しているのはそういう理由なんじゃないかしらとさえ思ってしまう。

オービタル・クラウド/藤井太洋 著

2020年の日本、流れ星の観測サイトを運営している青年は、イランの打ち上げたロケットの切り離された2段目の残骸<サフィール3>が大気圏に落下することなく高度を上げていることに気付く。これを切っ掛けに国際的な事件に巻き込まれていく。 

オービタル・クラウド

オービタル・クラウド

 


面白かった。超絶面白い。
SF小説ではあるけれど「テクノスリラー」と称されるだけあってSF的な架空技術と現実の技術が入り乱れ、そしてそれらによって次第に謎が解き明かされるという展開が非常にスピード感があって読むのが止められなくなった。久々に夜更かしして小説を読んだ。

登場人物たちは誰も彼も仕事をする能力がずば抜けて優秀な人達でマヌケなキャラクターは一切でてこない。天才たちのお話でこれも一種の超人バトル的なお話だなとは思う。

作者の技術と技術者に対する敬意が満ちていてとても気持ち良い。作中でJAXAの職員が政治、行政の無理解から中国の宇宙開発部門にヘッドハンティングされるというくだりがあるが、これはかつて日本国内の半導体技術者が社内で冷遇された結果、中国、台湾などへ引き抜かれた実際の事象をなぞらえているのだと思う。電子機器の製造では中国、台湾の実力が大きく優れた物になっているのは現実を見れば分かる通り。
技術者の仕事に敬意をはらわない社会に対する苦渋が底にあって、それをSF小説の中で晴らしているように思う。

作中に登場する<スペース・テザー>という宇宙を飛行する物体はイランの科学者が発明したことになっている。彼は先進国のような待遇も予算もない中で独自に実験を繰り返し、その結果を論文として発表したが、それも日の目を見なかった。しかし某国が盗みこれを実現した、という筋書きになっている。このキャラクターには存分に活躍して欲しいと思いながら読み進めたが彼の結末はとても悲しい。
作者はソフトウェア技術者の出身で、その経験を文庫版解説から引用すると

ソフトウェア開発は世界中の開発者が同じ問題に立ち向かい、ほとんどのプレイヤーが様々な要因で退場していく現場です。資金を集められなかったために、英語が苦手であったがために、ある次点でカリフォルニアにいなかったがために、志半ばにして意に染まぬことに手を染めていく現場です。

とある。
イランの科学者は天才的な才能はあったものの先進国にいなかったがためにその能力を発揮できなかったということなのだろう。技術で目の前の謎を解き明かし問題を突破していくとても痛快な小説だが、この部分はとても苦い。しかしただ優秀な人たちが活躍するだけの小説ではなく、才あるものでも埋もれてしまうという逸話が物語に陰影をほどこしている。天才たちが大活躍して大団円なんてお話はあまりにも子供っぽいでしょう?

極私的2017ベスト

毎年書いてるので今年も。
■映画
『LA LA LAND』

augtodec.hatenablog.comもうこれしかないでしょう。楽しくてしょうがない映画。音楽と踊りによる映画の楽しさを追求した作品として映画史に残る作品ではないでしょうか。サントラもずっと聴いてるから。
そんなに深いテーマがある映画ではないと思うけれど、主人公を演じたライアン・ゴズリングの人嫌いなところとこか世の中を斜めに見てるところとか彼の底流に漂う孤独感とか、そういうのに魅かれるのかなあ。ただ楽しいだけじゃなく悲しさも描いてるところが良いのかも。今年のベストと言わず2010年代のベストに食いこむ作品だと思います。

次点
ブレードランナー2049』

augtodec.hatenablog.comブレードランナー』を人生のベスト10に入る映画だと思っている人間にとって続編である本作をあげないわけにはいかないです。これも主演はライアン・ゴズリングなんですよね。そして孤独な男の映画だという意味でも『LA LA LAND』と共通してる。
ブレードランナー』は謎の多い作品で、言ってしまえば不完全な作品だけれど、そこが魅力的であった。続編である本作は完璧と言っても良い作品でほころびがない。その点が素晴らしいとも言えるし逆に物足りないとも思わせる。でもあの未来ビジョンは前作を更新したと言えるまさに完璧な続編でした。

映画は他にも『ドリーム』や『ハクソー・リッジ』『ダンケルク』『メッセージ』『バンコクナイツ』と良い作品を沢山観ることができた一年でした。

■読書
『誰が「橋下徹」をつくったか』

augtodec.hatenablog.com橋下徹を知事、市長の地位に押し上げたメディアの狂騒を描いている本。
テレビでもネットでもなんでもいいけれど皆喧嘩を見るのが好きなんですよ。闘争とか抗争とか。炎上とかも同じだと思う。なんか揉め事が好きなの。ワイドショーなんて人の揉め事ばっかりでしょ?
橋下徹というのは揉め事を起こすのが得意な人でそういう人を追っかけて取り上げていれば喧嘩が撮れるんですよ。そういう安易なテレビや報道の作り方をしていたから彼にメディアが取り込まれてしまったのでしょう。
でもこういう人はまた出てくると思う。先の選挙での小池東京都知事なんて橋下がやったことの劣化版でしょう。彼女の政党なんて大阪維新の焼き直しでしかないし。
またこういうことが起きると思う。本書のような書籍を読んでおけば「またか」と思えるから。

次点
『良いテロリストのための教科書』

augtodec.hatenablog.comファシストを名乗る外山恒一氏が日本の新左翼史をネトウヨに向けて分かり易く解説する本。
面白いんですよね。語り口が飄々としていて。
でもネトウヨはこういうのを読まないんだろうな。あいつら支離滅裂だから。


■音楽
Asian Meeting Festival 2017@京都METRO

augtodec.hatenablog.comアジアの前衛音楽家たちが集って即興演奏を繰り広げるライブ。
音楽でも小説でも好きな人がいてそういう人のものを聴いたり読んだりするわけだけれど、そういうことをしているのと同じように知らない人の音楽や本も読みたいのです。できれば自分では手に取らないようなジャンルのものにも触れたい。でも自分でそういうアンテナを広げるのって難しいんですよね。どうしても好きな物から先に手にとってしまうから。知らないものには中々手が出ない。
AMFは知らないアジアの音楽家たちを紹介してくれるという意味でとても功績があったと思います。アジアの前衛音楽家の情報なんてどこにもないから。
2015年から行われていた国際交流基金が主催する今回のような形式での演奏は最期だそうです。惜しいけど。

次点
行松陽介×D.J.Fulltono

augtodec.hatenablog.com京都の『外』というライブハウスに初めて行ったのがこれでした。良い感じの場所でスケジュールなどを見ていても観たいライブが結構あるのだけれど全く行けてないのです。あーまた行きたいなあ、と思ってるので次点。


映画はそこそこ観たけれど、本も読んでないし音楽も聴いてない。みんな貧乏が悪い。生活するのにやっとで贅沢する余裕がない。お金がないということは本当に生活が縮んでしまうものだなと思うのでした。

スター・ウォーズ/最後のジェダイ

2017年、米国、ライアン・ジョンソン監督

エピソード8

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マーク・ハミルという俳優を皆はどのように捉えているのだろうか。自分にとっては、初期3部作でルーク・スカイウォーカーを演じた俳優という認識であり、それ以上でもそれ以下でもない。他には『ハンバーガー・ヒル』という戦争映画に出ていたと思っていたがwikipediaを見ると『最前線物語』という映画だったようだ。その映画の記憶もマーク・ハミルの演技もその程度にしか記憶にない。

同じくwikipediaによると彼は『スターウォーズ』以外でも認められる仕事をしてきたようだが極東のささやかな映画ファンにはそのような実感はない。まあ言ってみれば言葉は悪いが『スターウォーズ』だけの一発屋のような印象は拭い去れない。

しかしその一発はかなりでかい。あまりにもでかい。なんせ『スター・ウォーズ』なのだから。初期三部作であるエピソード4,5,6が築いた歴史はあまりにも偉大過ぎてエピソード1,2,3、そして現在公開中のシリーズであるエピソード7,8も初期三部作との整合性を整えるためにありとあらゆる努力と工夫が込められている。

しかしそれももう終わりにしても良いのではないかと思っている。外伝である『ローグ・ワン』はエピソード4の前日譚というもので、当然シリーズとしての辻褄を合せる工夫はしていたもののスターウォーズの設定を使って好き勝手にやった映画として面白く観た。俺が観たかったのはこれだ、とさえ思った。スターウォーズの世界観を使ってルークもレイアもソロも出てこない映画をどんどん作ればいいのにと思った。

本作『最後のジェダイ』は初期三部作に決別を宣言するような作品だと言っていいのではないかと思う。マーク・ハミルが伝説のジェダイルーク・スカイウォーカーとして出演し、その役目を終えた作品だと言えるのではないだろうか。ひげもじゃで老成したルークが戦場に降り立ち、そして去って行く。そういう映画で、映画の出来としては凡作だと思う。しかしやはり本作は必要だったのだろう。ルーク・スカイウォーカーを退場させる為には大作映画が一本必要だ。そのくらいの存在なのだから。

きっと次作のエピソード9で初期三部作とはきっぱりと決別するのだろう。まだスクリーンの中ではキャリー・フィッシャーが演じるレイア姫は生きているのだから。でもまあなんとかうまくやるのだろう。そしてたぶんそいつも観に行くことになるのだろう。

ディズニーはスターウォーズの新シリーズを作ることを宣言しているのでep9以降に新たなスペース・オペラの物語が観られるのではないだろうか。それを楽しみにしている。
でもこの映画を一緒に観に行った連れは「スターウォーズのシリーズというのは初期三部作との関係から外れてはいけない。例えノスタルジーだったとしてもそれで良い」というお考えのようだった。俺としてはそうは思わない。でも映画に求めるものは人それぞれであって良いと思う。

アトミック・ブロンド

2017年、米国、デヴィッド・リーチ監督作

東西の壁が崩壊しようとする寸前のベルリン、英国の諜報機関MI6の女スパイは重要な機密文書を敵国のスパイから奪還する使命を帯びて彼の地へ潜入する。シャーリーズ・セロン主演のアクション映画。

www.youtube.com

格好良い。凄く格好良い。
シャーリーズ・セロンが格好良いのは言うまでもない。激しいアクションも決まってるし、様々な衣装で見せるその立ち振る舞いがどれもこれも男前。「ベルリンでは誰も信用するな」と指示されて単身で乗り込んでいって、2重スパイが誰なのかという疑心暗鬼の中で活動するのだけれど、孤独を恐れない自立した人間というのは男でも女でも格好良いものです。
映像も洒落ていてテンポも小気味よい。オープニングのロゴからしてワクワクさせられる作りでした。当時のポップソングを挿入しているのも良い。それとベルリンの街並みが良いんですよね。なんとも言えない雰囲気を醸し出してる。こういうのを見るとヨーロッパの映画が観たくなる。


深いテーマなんて要らない、頭空っぽにしてその格好良さに酔えばいい映画だと思うのですが、主人公が東ベルリンに潜入してKGBの一味を避けて逃げ込んだ先の映画館ではタルコフスキーの『ストーカー』が上演されていて、実際スクリーンに映画の一部が映る場面もあった。『ストーカー』は大好きな映画のひとつなのだけれど、なんでこんな娯楽作のお手本のような映画に小難しい映画の代表のようなタルコフスキー映画だったのだろう。調べると『ストーカー』は1979年の映画で、本作は1989年が舞台だからちょっと時代が食い違う。この時期に東ベルリンではタルコフスキーが流行ってたんかな。唯一謎です。