思想としてのアナキズム/森元斎 編

いかに「思想」としてのアナキズムを保持し得るか。どこまで原理的に、かつ多様に、アナーキーであり続けられるのか――。

暴力論、運動実践、哲学、人類学、宗教、音楽、映画、フェミニズム、近代日本、さまざまなベクトルが交差するアナキズムの現在。

 

ちくま新書アナキズム入門』の著者、森元斎さん編集によるアナキズムに関する論集。

ロジャヴァ革命、幸徳秋水有島武郎、デヴィッド・グレーバー、そして山伏とパンク、色んな人や出来事を契機にアナキズムの在り方、古来から従来からあるものがアナキズム的であったことが色んな論者によって書かれている。

しかし、どれも文章がちょっと難しい。そして色んな分野に派生していてアナキズムというものが何なのかは判り難くなっている。

とは思うのだが、アナキズムってそういうものなのかも知れない。こちらが「アナキズムとはこうである」といった聖典を求めているだけで、アナキズムというのは、そういう聖典に忠実なものとはかけ離れている考え方かも知れない。抑圧から自由であることを求めるのなら「アナキズムとはこれである、これ以外は認めない」みたいな教義がある方がおかしいとも言える。かもしれない。

デューン 砂の惑星 PART2

2023年、米国、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督

惑星アラキス、皇帝とハルコネンと策謀でアトレイデス家は滅亡したかに見えたが、長子のポール・アトレイデスは砂漠の民フレメンと共に反攻を企てていた。

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大作SF映画として文句なし。面白かった。
PART1も砂漠の惑星に入り込んだような没入感があって好きだったけれど、テンポがゆっくりだったのは否めない。でもこのPART2は怒涛の展開。陰謀と策略、戦闘と戦争、次から次に物語が展開していって長尺の映画だということを感じさせなかった。

SF映画の醍醐味は見たことがないような異世界をビジュアルで見せてくれることにあると思うけれど、その意味でも色んなSF的ガジェット、異教の世界、そして宇宙、と色んな世界を見せてくれた。端的に楽しい。

宮廷内での権力の駆け引きからくる陰謀と策略みたいな話は映画にすると判り難くなったりするものだけれど、観ていてすっきり入ってくる。物語の整理と脚本が上手いのだろうなと感じた。

PART2で完結だと思っていたけれど、これは続きがある感じですよね?

死なないための暴力論/森元斎 著

世の中にあふれる暴力には、否定すべきものと、肯定せざるをえないものがあるのだ。ジョルジュ・ソレルからデヴィッド・グレーバー、女性参政権運動からBLMまで……世界の思想・運動に学びつつ、思考停止の「暴力反対」から抜け出し、倫理的な力のあり方を探る。

アナキズム研究者の森元斎先生による暴力論。
国家、権力者による暴力があり、それに抵抗する民衆の暴力は許容されるべきものであるということが豊富な事例と共に語られていて、英国の女性参政権を求めたサフラジェット、メキシコの貧困地域から生まれたサパティスタ民族解放軍ロジャヴァ革命などが取り上げられている。民衆の暴力的反攻だけでなく、アナキズム的な抵抗運動が紹介されていて、それらも興味深い。

この本に書かれていることには概ね同意したい。暴力を良い暴力と悪い暴力に区分けするのは難しいから一律に暴力をいけないものだとしてしまうのは分かるけれど、暴力による圧政には民衆も暴力で対抗するしかないのではないかと思う。それに権力者は自分たちに反抗する勢力の行動には「暴力」のレッテルを貼りつけるものだから。

一切の暴力に反対する人は警察や軍隊にも反対するのだろうか。それこそ国家による暴力装置なのに。それらは合法だからと許しているのではないだろうか。全ての暴力に反対するという論者が警察や軍隊の解体も主張するならそれは理にかなっていると思うけれど、生憎そのような主張をする人はあまり見かけない。

合法か違法かということを問題にしているのかもしれないが、権力者は自分たちの暴力は合法で、それに抗する人たちは違法に認定してしまうものだ。

本書の中では「エキストリーム・センター」という語が出てくる。

ここで参考になるのが、「エキストリーム・センター」という概念だ。和するなら「極中道」「過激中道」といったところだろうか。「極左」「極右」ならまだわかるが、これはどういうことなのか。イギリスのパキスタン系の活動家で、歴史家のタリク・アリがこの概念を説明してくれている。ひと言で言ってしまえば、中立を装って、結果として体制を擁護することになる言説や態度、あるいは思想のことを指す。

こういうエキストリーム・センターといってよいような意見も色んなところで見かける。中立を装っているけれど、その実は保守的な変化を求めない意見だったりするもの。右とか左に分類されるよりも、こういう人のほうが多いんじゃないかとも思う。

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不思議惑星キン・ザ・ザ

1986年、ソ連ゲオルギー・ダネリヤ監督作

技師の男は街で学生に「宇宙人が困っている」と声をかけられる。宇宙人と名乗る男の装置を不用意に押してしまったことで男と学生は砂漠の惑星に転送され、そこから地球へなんとか帰ろうとするお話。

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『DUNE PART2』が公開になったのでPART1をおさらいしておかねば、と思ってアマプラを覗いてみていたら、ついポチッと『不思議惑星キン・ザ・ザ』を観てしまう。

確かに不思議。手の平サイズの物質転送装置で銀河のどことも知れない星に転送されるなんて。その上、砂漠ばかりで水の無い星、空中を飛ぶ乗り物、住人は支配階級とそうでない者に別れていて階級差別が酷い、上位の者に表す敬意の仕草がまぬけ、等など不思議なことが沢山ある。不思議満載。

あれやこれやのトラブルが頻出しなんとか地球に帰ろうとする地球人二人のお話だけれど、SF的設定は微妙。銀河のどこかの星系のある惑星、程度のアンリアル設定。それでも絵的に面白いのでワクワクする。広大な砂漠はソ連領内のどこかで撮ったのだろうか。かと思うと退廃的な工場のような奥行きのある場面がある。螺旋階段の下層に砂が流れ込む映像や砂漠の地下に住人が沢山いる群衆シーンなど、はっと驚くような、というかどこに金をかけているのか、と思わせるシーンがあり退屈せずに観続けられる。たぶん子供だったら一生心に残るくらいのワクワクストーリーだと思う。

権力者が威張っていて階級差別があるところなんかは当時のソ連の社会を皮肉っているのかも知れないけれど今となってはもう分からない。でもそんなことが分からないで観ていても楽しい映画。カウリスマキ映画に通ずるテンポ感がある。

息吹/テッド・チャン 著

あなたの人生の物語」を映画化した「メッセージ」で、世界的にブレイクしたテッド・チャン。待望の最新作品集がついに刊行。『千夜一夜物語』の枠組みを使い、科学的にあり得るタイムトラベルを描いた「商人と錬金術師の門」をはじめ、各賞受賞作9篇を収録

テッド・チャンのSF短編集。

どの短編もSF的な、ある事物が存在することにより人々がどのように反応し行動するかという物語で、奥行きが深い。その奥行きは人間や社会に関する洞察が深いところから来ているように思う。

収録作品の『予期される未来』は

もう予言機を見たことはあるだろう。あなたがこれを読んでいる時点で、予言機は数百万個売れている。見たことがない人のために説明すると、予言機は、車のキーレス・エントリーに似た小さな装置で、ボタン一個と大きな緑のLEDがついている。ボタンを押すとライトが光る。厳密に言うと、ボタンを押す一秒前にライトが光る。

という予言機が存在する世界で、人々はどうするのかというもの。たった四ページの極々短い短編で、そこに登場するガジェットも簡単かつ単純なものだが、自由意志だとか運命みたいなことを考えてしまう。小説の中に書かれていること以上の広がりを感じる。

他にもアラビアンナイトのような『商人と錬金術師の門』や、違う人生を送っている並行世界の人と交信できるプリズムの物語『不安は自由のめまい』などが印象に残った。